前回記事の続き。

「コンシェルジュインペリアル」という漫画から。
介護施設で働く主人公、18歳優奈は、幸福度を示す数値について考える。介護サービスの良さを評価する数値として、利用者の幸福度を測るために何か良いものはないかと、模索する。
第9話では、「幸福は笑顔、1日に笑顔でいる時間を数値化すれば、幸福度を測れる!」と思いつくが、「悲しいときにも人は笑う」ことから、単純に一人の笑顔量では幸福度は計算できないと、断念。


第10話「差別化」
平成27年から、年間所得160万円以上ある人は介護サービスの自己負担が1割から2割に引き上げられ、介護報酬も2.27%引き下げられた。優奈たちはこの業界大丈夫か?と心配します。上司は、利用者の負担を引き上げない場合は介護保険料を引き上げざるを得ず、どちらにしろ高齢者には負担となる。総額は減ったが介護職員処遇改善加算は1.65%増、つまり「賃金だけは上げるから現場で工夫してくれ」ということだと解説。「同業他社との差別化がカギ、介護保険外のサービスで利用者の満足度を上げる」。優奈たちは自分たちの介護施設の「ウリ」を模索します。
ここで松下幸之助(Panasonic創業者)の作った「PHP研究所」から得るヒント。PHPは「Peace and Happiness through Prosperity」=繁栄によって平和と幸福を、という意味。一人の人間の平和と幸福は麻薬をやっても手に入るが、その幸福には豊かさはなく、真の幸福は世の中全体が豊かにいい感じになった上でもたらされるものでないといけないというイメージ。
上司は幸福には2種類あるという。「主観的幸福」と「社会的幸福」。主観的っていうのは自分が幸せかどうかの判断で、社会的というのは周囲から見てその人が幸福だと思える状況。主観的幸福の追求は権利だが、社会的幸福の追求は義務。例え自分が幸せでも周りから見て不幸な生き方はしちゃいけないってこと。
優奈が「変なの、自分の人生なのに?」と問うと上司は「人生はみんなで共有している大切な時間だよ」と答えます。
また、一人の男性利用者の話。妻は、デイサービスへ連れてきてよかった、夫はとても幸せそうだ、と言います。それはどうしてですか?と優奈が聞くと「皆楽しそうに笑ってて…家ではあんなことありません」という。優奈はそれを聞いて、「本人と周囲の人たちの笑顔量」こそ幸福値に適していると思いつきます。本人が1日にどれだけ笑顔でいるか、周りの人達が笑顔でいる時間がどれだけあるか。人によって違う価値観に左右されることのないシンプルで説得力のある数値だと。
さて介護施設では他社との差別化として「ライフ・コンシェルジュ」をウリにすることにしました。旅行や趣味、地域サークルへの参加など、なにについてでも、利用者が最後まで幸福な人生を送れるようにサポートするサービス。サービスの評価としての幸福度は優奈の発案した「本人と周囲の人達の笑顔量」で規定します(笑顔量の測定は、この漫画に出てくる人工知能搭載ロボットを使うことで可能となります)。



なるほどと思う点がいくつか。
前回の話は、「悲しいときにも人は笑う」から、単純な笑顔量では幸福度は計算できない、という終わり方でした。しかしやはり、笑顔は笑顔。そして、「周囲の人も笑顔でいる」ということは、より誤差が少なく、幸福を示すことができるというひらめきです。一人で笑ってるだけじゃなだめなんです。なかなか難題かもしれませんが、そうかもしれない、と思わせられます。

主観的幸福と社会的幸福。極端な例を挙げると、

虐待を受けている子供は、親と一緒にいることが幸せと思う傾向があります。しかしそれは主観的幸福(もしくは、心理学的にはストックホルム症候群:注2)であり、社会的幸福は満たしていない。
オオカミに育てられた少女だって、主観的には問題がなく、動物的にはおそらく幸福です。しかし社会はそれを放置しない。見つけたら、「人間らしい」人生を歩ませようとします。それは社会的幸福が義務だからです。
人を殺して幸せな人も、もしかしたらいるかもしれない。ストーカーをしていたら、主観的には、幸せかもしれない。でも社会的には、それは全く、違う。犯罪なのです。
山で孤独に生きる人、主観的には、一人が大好きで、幸せかもしれない。でも見つかったら、社会は放っておいてくれない笑。

主観的幸福の追求は権利、社会的幸福の追求は義務。人間は社会的な生き物なんですね。
いいのかわるいのか。
社会的幸福を追求しすぎると、例えば孤独が好きな人にとって、「一人でいることは可哀想な事」という風潮を押し付けることにもなりかねないので、それは気をつけないといけない。
主観的幸福と社会的幸福のバランスも大事ですね。社会で生きていくなら。

もしかしたら、趣味で小汚い、みすぼらしい服を着ることと同じかもしれない。
人の不幸は蜜の味なんて言い回しもありますが、そうではなくて、基本的には、おそらく、自分が幸せでいる(清潔な服を着る)ことは、相手に対しての礼儀なのかもしれません。
ああ、大変な世の中だ笑。
でも人間は一人で生きているわけではないので、ある程度は仕方がないのです。
思春期に感じる母の愛のように、煩わしいときがあっても受け入れてください笑。




注2.ストックホルム症候群
精神医学用語の一つで、誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者が、犯人と長時間過ごすことで、犯人に対して過度の同情や好意等を抱くこと。(Wiki)