5/12 バリチェロが最終コーナーで勝利を譲った日 | F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

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自分の夢は『F1を日本の文化に定着させること』と『スーパーアグリを復活・発展させること』です。 その夢の実現のため、日々実践し、そこから得られた気づきをご紹介します。 「そもそもF1の魅力って何?」という事も、読者の皆さんと一緒に考えて行ければと思います!

2002年5月12日F1世界選手権第6戦としてオーストリアGPが開催されました。

勝ったのはフェラーリのミハエル・シューマッハです。

この年、17戦11勝という彼にとって、特筆すべきことはないかと思われます。
(あとは2位5回、3位1回。すなわち、全戦表彰台獲得!)

しかし、この1勝はチームオーダーに関する議論にさらされることになります。

この週末を通して速かったのは、
跳ね馬のチームメイトであるルーベンス・バリチェロでした。

予選でポール・ポジションを獲得したバリチェロは、スタートから好調を維持し、
ピットストップのタイミングを除いてはラップリーダーとして
常にレースをコントロールしていました。

しかし、ファイナルラップの最終コーナー立ち上がりで突然加速が鈍った彼は
背後に付けていたミハエルにかわされ、結局、0.182秒差の2位でフィニッシュ。

チャンピオンシップを優位にするためにと、
チーム代表のジャン・トッド自らが出していた指示に対して、
8周に渡って抗った末、最終コーナーで彼が出した結論の結果でした

後に、バリチェロの口から、この際、脅しを受けていたと語られています。

勝利を奪った罪の意識からか、ポディウムでは、
ミハエルが最上段と優勝トロフィーをバリチェロに譲る一幕もありました。
(ちなみに、これは表彰式の手順無視という立派なレギュレーション違反です。)

このシーズン序盤に行われた露骨な順位操作が関係者の間で問題視され、
この事件をきっかけにチームオーダーは禁止されることになります。

結局、無意味と考えられ2011年からは復活することになりますが...


今日もF1を楽しみましょう!




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