ラウダ、現在のマクラーレンを憂う | F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

自分の夢は『F1を日本の文化に定着させること』と『スーパーアグリを復活・発展させること』です。 その夢の実現のため、日々実践し、そこから得られた気づきをご紹介します。 「そもそもF1の魅力って何?」という事も、読者の皆さんと一緒に考えて行ければと思います!

かつて3度のワールド・チャンピオンを獲得し、
自身もマクラーレンで戦った経験を持つニキ・ラウダがマクラーレンの現状を憂いている。
というのも、ラウダ自身が1984年に経験した苦い経験を思い起こさせるからのようだ。
ラウダは1984年にマクラーレンのチームメイト、アラン・プロストとの激しい戦いの末、
史上最少ポイント差の僅か0.5ポイント差でチャンピオンシップを制した。
(モナコGPが雨で赤旗中断となり、獲得ポイントが半分に減らされたため。)
しかし、この年、ラウダは若きプロストに速さでは負けていた。
全16戦中、ラウダが予選でチームメイトを上回ったのはわずか1戦。
また、プロストの7勝に対して、ラウダは5勝。
チャンピオンシップの行方を分けたのは、優勝かリタイヤか、の状態に近かったプロストと、
優勝できないまでも2位獲得が4回あったラウダのレース運びの差にあった。
「私が最速タイムを出しても、ピットに戻る前にプロストがそれを塗り替えるんだ。ガックリきたよ。(タイトルを)獲るために、私はレースに対するアプローチを変えた。プロスト相手に1周の速さを競うよりも、決勝で頭を使うんだ。」
と、当時ショックを受けていたことを告白している。
そして、アロンソも同様に、ハミルトンに敗れるたびにダメージを負っていると考えている。
「アロンソは、レースで敗れるたびにハミルトンから打撃を受けているね。挽回できないまま残りレースが減っていけば、ますます状況は厳しくなる。」
と、アロンソのチームでの立場が難しくなることを心配しているようだ。
まぁ当然、
キャリア終焉間近だったラウダと現在25歳のアロンソを同様に考えることはできないが...
蛇足ながら、ラウダは先のチャンピオン獲得の翌年1985年に
圧倒的な力でプロストが初タイトルを獲得すると共にF1を引退している。