スーパーライセンスって... | F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

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自分の夢は『F1を日本の文化に定着させること』と『スーパーアグリを復活・発展させること』です。 その夢の実現のため、日々実践し、そこから得られた気づきをご紹介します。 「そもそもF1の魅力って何?」という事も、読者の皆さんと一緒に考えて行ければと思います!

ついに井出有治にスーパーライセンス剥奪の処分が下された。
結局、先週のグランプリ前から突然騒がしくなった一連の騒動は、
井出の退場をもって、決着することとなった。
ここでは、この処分の是非よりも、スーパーライセンスについて述べてみる。
スーパーライセンスを一言で言うと、「F1に参戦するためのライセンス」である。
これは、前年までのF1や他のカテゴリーでの成績やF1マシンのドライブ経験により、
FIAが判断を行い、認められれば1年の期限付きで発行されるものである。
問題は、「FIAが判断」の部分である。
確かに、発行基準は明文化され、客観的な視点で判断が下されているようにも見えるが、
実態はそうでもないという印象だ。
結局のところ、F1チームが乗せたいと思うドライバーには発行する努力をしている。
(テストでxxKm走行すればOKという指針を出したりもしている。)
で、井出はスーパーライセンス保持に相応しくないと判断されたのだが、
彼は本当に剥奪されなければならないほど危険なドライバーなのだろうか?
「危険」という観点からは、井出には以下の2点が問題視されていた。
①スピン,コースオフが多い
②イモラでのミッドランドのアルバースへの追突
個別に見てみよう。
①のスピン,コースオフはそれだけでは自分の不利益だけで特に問題にはならないはずだ。
(コース上を汚すことにはなるが。)
問題は、赤旗の原因になるなどの他車に影響を及ぼす状況だろう。
確かに、オーストラリアでコースを塞ぐスピンをしていた。
しかし、その程度、開幕戦ではライコネンが予選の第1ピリオドで
赤旗の原因を作っていたくらいなので、問題にされるのもおかしいだろう。
②の追突。
結局、イモラでの一件はペナルティが課せられたわけでもなく、
公式にレーシングアクシデントと認められた。
本件がライセンス剥奪に絡んで問題視されること自体がおかしい。
以上のように考えると、特別危険な行為はしていないと思うが、どうなのだろう。
ちなみに、1992年に当時国内で活躍していた中谷明彦がF1にエントリーしようとしたが、
スーパーライセンスが発行されることなく断念せざるを得なかった。
代わりにエントリーしたジョバンナ・アマティは、女性ドライバーとして話題にはなったが、
出場した3戦すべてで予選落ちして、その後、デーモン・ヒルと交代した。
さすがに中谷でもここまでひどくなかったのではないかと個人的には思っている。
結局は、発行する誰かの気分次第のような気がしてならない。