『鳥籠のまま棄てられた私は哀れな子』


一面渇いた地。


鳥籠の柵から見える中途半端な世界に潤いは何一つ見えてこない。


『ならいっそのこと・・・』


かと言って妄想にふけるだけの毎日。



君に何が出来ようか。


あなたに何が出来ようか。


ワタシにボクに・・・・・何が?



誰にも見られたくないモノの種を静かに育ててみようか。


渇いた地に水は限られた程しかないが、


これをその種に注いだらどうなるのだろうか・・・。





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渇いた地であなたには何が出来る?


もしこの世界が渇いた地だというのなら、水とは一体何だろう・・・。


誰にも見られたくない、まだ種のまま縮こまっているモノは何だろう・・・。


それを育てたら何か変わるのだろうか。







『まるで渇き果てた地に鳥籠のまま投げ棄てられた鳥のよう』


誰かがそう呟いて中の鳥を見る。


自分こそ籠に閉じ込められた鳥だということも忘れて・・・。



鳥籠の中が安全だと誰が言ったのだろう。


誰もがそう信じ、同じことをする。


縮こまっていれば自分の大切なモノなど見られはしないが、


中途半端な視線から逃れることはできない。


誰もがそうやって心を病んでいく・・・。




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少し長いので区切ることにしました。


これは自分の中で気に入っている詩です。


詩というか物語・・・ですかね。


この世界のモノたちは一人ひとり鳥籠の中に閉じ込められている


イメージをボクは持っています。


でも、いつかそれから開放されるとき、何を手に入れるのでしょうか。


ここでは渇いた地に、鳥籠のまま棄てられたモノの話を書きました。


渇いた地にこのモノが欲しがっているモノとは何なのでしょうか。






明くる日を待つばかりの未来たちは詰まりに詰まって


「サヨナラ」と言い始める・・・。


ただ少し残ったものはボクをケラケラと笑ってウルサイ。


あの時のボクはどうすればよかったのだろう。


詰まっていた未来たちの本当の姿はきっと歌を奏でていたのだろう。



君はきっとその歌を知っている・・・。




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この詩はうまくいかない時の自分に当てはめて書いていました。


幸せな未来たちが奏でる歌はきっと自分も知っていて、


それが去ってしまった後でも、自分が歌うことができたなら


新しい未来がくる可能性があることを思い、ながら書きました。


去ってしまった未来が、また自分のもとに帰ってくることもあるのでは


ないでしょうか。