escape from the リアル -7ページ目

escape from the リアル

現実から逃避したい時にのみ更新される。

疲れている。


「疲れている」が、最近の私の口癖及び言い訳。

だって疲れてる。

バイトだって部活だって頑張りたい。

本業である学業だって頑張りたい。


結局キャパオーバー。



疲れているのがいけない。

疲れているから、甘えたくなる。

疲れているから、頼りたくなる。

疲れているから、独占したくなる。

疲れているから、特別になりたいと思う。


それもこれも、疲れているせい。



ただ、絶対的な味方が欲しい。

夜中の2時に泣きながら電話しても、

許して、慰めて、諭してくれる人が欲しい。

心の支えが欲しい。

私は、一人で生きていくなんて無理だって、一番良く分かってる。



別に心の支えになる人が、

要は友達だって、いいと思っている。

別にそこに恋人関係は必要ないと思ってる。


でも結局、心の支えとして独占できるのが、

「彼女」というポジションだって、分かってるから、

彼の前では、ただ「疲れてる」としか、言えない。



だって、今一番頼りにしている男性だから、

そんなに迂闊に動けない。

だって大切だから。

だって今一番弱音を吐きたい相手だから。


心安らぐ場所が欲しい。

春は嫌い。

身の回りが変化するのを好まないから。

私は結局保守的人間だと思う。


春、出会いの季節。


私もたくさんの新しい出会いがあった。

彼らとは、これからも末長く付き合っていかなければならない。


でも、そう上手くはいかない。



要は、公園の遊具を新参者にとられたような気分なんだ。


公園の遊具は、公共物だって、分かってる。

私が独占することはできないって、分かってる。


でも、長らく親しみを込めて、

愛情を込めて、遊んでいたのだ。

ひょっこり現れた人間が、楽しそうに遊んでいれば、

そりゃ複雑な気持ちになるじゃない。

…そこに無理やり入って行けばいいのか?


そりゃ、遊具――彼らだって、新しく出会った子たちよりも、

私のことの方に、好意を持ってくれていることも、分かる。

遊具だって、人を選ぶ。


それでも、やっぱり切なくなってしまう。

私だって独占できるような人間じゃないのに。

せめて、シーソーにして欲しい。

ブランコとか、すべり台とか、取らないで!

100歩譲って、お願いだからブランコは取らないで!


ブランコの独占権が得られるのならば、そりゃ得たいけど、

でもやっぱり公共物だし。

そんな我儘を言えないことは、自分が一番知っている。


だからどうか、ブランコだけは、

私がここに住んでいる限りは、公共物であり続けて。

そんなふうに、願うしかできない。

これまで生きてきた中で、一番シンパシーを感じる女性がいる。


彼女との共通点は、

価値観とか、学問に対する真面目さとか、

理想の女性像とか、とにかくたくさんある。


もちろん、違うところも多い。

意見が分かれることもある。

でも、お互いに、お互いの意見は受け入れる。

なぜなら、お互いに、自分とは異なる意見を欲しているから。

多角的なモノの見方ができる人間になりたいと思っているから。


私たちは、マイノリティーであることが多い。

それは私たちの精神年齢が、実年齢よりも高く、

まだまだ周りの精神年齢が追いつてこないからである、と私は自負している。



彼女と出会う前までの私は、

周りと自分の価値観のズレに疲れ果てていた。

恋愛至上主義はその典型である。


疲れた。本当に疲れていた。


だから今、彼女と出会えて、私は本当に幸せ者だと思う。



彼女といて救われることは、

私が思っていた気持ちを先に言ってくれることだ。


例えば、お互いにとても好意を持っている友達のある言動に、

違和感や疑問を感じた時、先にそれを口にしてくれるのは彼女の方である。

私は今まで、そういうことに対しては目を瞑って、ためこんで、

自分の中で消化不良を起こして、ある時爆発するような生活を送っていたので、

今でも好意を持っている人に対する批判的な意見は、なかなか言えない。


しかし、彼女はそれを先に言ってくれる。

私はそれを聞いて、やっと自分を許せる。

好意を持っている人のことを、

無条件で受け入れなければならないという足枷を自分に課しているから、

その人のことを否定する自分が許せないのだ。

彼女はその足枷を、いとも簡単に外してくれる。

それが、とても救われる。



彼女がいるから、どんなに相いれない価値観に出会ったとしても、

受け流していくことができる。