escape from the リアル -3ページ目

escape from the リアル

現実から逃避したい時にのみ更新される。

以前書いた「無意識に彼を自分が頑張る目的にしてしまう」という残念な悩みについて、

絶大なる信頼を置く二人の女性に相談してみたら、こんなふうに言われた。


A:

彼が近くにいる、いないでモチベーションが変わってしまうのは仕方ないこと。

でも、彼がいなくてもモチベーションが下がることはないのでは?

1だったのがそのまま1であるだけで、変わらないということ。

もしそこに彼がいたら、2にも10にもなるということ。

つまり0になることはないのだから、それでいいのでは?


B:

「結果を出す」という大きな目標に向かっていくには、

小さなステップを踏んでいかなければならない。

その小さなステップに「彼に認めてもらう」という項目を位置づければいいのでは?



最後にBの女性に

「自分が認められる自分を、認めてもらいたいんだよね?」

と言われた。



思わず興奮した。

正にその通りなのですよ。



私は自分が認められる自分を、人に認めてもらいたいと思う。

この間も、バイト先の上司に褒めてもらったのだが、

自分はそんな褒めてもらえるような仕事なんてできていないのに…という、

訳の分からない一人泣きを久しぶりにしたわけなのだ。



とは言え、大分自分を認められるようになった部分もある。

だから、自分が納得のいっている部分について認められるのは、

純粋に嬉しいし、それを受け入れることもできる。



でも、特に彼に対しては、

自分が“完全体”でなければと思ってしまう。

私自身が、自信を持って誇れる「自分」を、彼には認めてもらいたいと思う。



でも、そんな“不完全”な自分の発達段階も認めて欲しいという、無意識の欲求が、

当初の悩みである「目的化」という問題に、立ちかえるのである。



そこでAとB、二つの「答え」に戻るのであるが、

私自身、まだ上手く考えをまとめられない。

もう少し、悩んでみようかな。

大学で勉強していく中で、教育学の面白さに目覚めた。


それに反比例するように、


「教師」という職に対する絶望感が増加している。



生徒は大好き。

子供は大好き。


でもそれだけじゃいられない。

未成年には必ず「保護者」がついてくる。

切っても切れない存在。



今日、塾講師のバイトに行ってきて、

自殺、或いは精神疾患になってしまう先生の気持ちが分かった。



「子供を預かる」ということの責任感を、

どうしたら上手く負うことができるのだろう。


だって私はただの一介の「アルバイト」なのに。

でもだからって責任を放棄することなんてできなくて、

でも私の本業は「学生」であって四六時中生徒のことを考えることなんてできなくて。



むしろ「教師」という職業についてしまえば楽なのかもしれない。

或いは塾の職員になってしまえばいいのかもしれない。


でもどうせ、どちらも私の選択肢にはないことだ。

だってもう「保護者」を相手にすることなんて御免被るわ。

私はただ子供と接したいのに。

それが叶わないのなら、教育者なんてマルチ人間、私には無理だわ。

教育学者の方が、大分魅力的だわ。



結局私は、

何でもかんでも完璧にこなしたくて、

それができない現状に、いつまでももがき苦しむんだろう。

だからもういっそ、就職して社会人になりたい。

「学生」なんて、所詮マージナルマンなんだ。

自分で生活費をまかないきれない以上、私はもがき苦しむんだろう。

そしてきっと、社会人になってももがき苦しむんだろう。

最近、距離感がわからなくなってきた。

何だかもうよくわからなくなってきた。



結局、もう私の中で特別な存在だから、

自分を良く見せたくて、

でも直接接するのは避けたくて、



中学生か、そうなのか、自分。



彼の存在を頑張る目的にしたくない。

そんな所謂「女子」みたいになりたくない。

でも気づいたら、目的が倒錯していて、

慌てて気持ちを切り替える。


彼のために頑張っているんじゃない。

彼によく見られたくて頑張っているんじゃない。


無意識に彼に関する損得勘定をしてしまう自分に呆れる。



でもまだそこまで終わってはいない。

大丈夫、まだ大丈夫。

まだ私は私を保てている。


彼にまつわる嬉しかったことも失敗したことも、

とりあえず抑圧しておこう。

それが、正解。