高知県の南西に位置する宿毛に向かって車を走らせた。

そこから真夜中に出港するフェリーに乗れば、翌朝には九州の佐伯に着く。

 

佐伯から陸路で鹿児島までのルートを地図アプリで検索しながら、窪川のドライブインで早めの夕食をとった。


 その日、眠りにつく前、天に祈った。


彼の命を助けてください。

必要なら、私の命が削られたっていい。

だから、どうかもう一度、彼に会わせてください。


その夜の夢の中で、彼に会った。

ふわふわと漂うように夢に現れた彼に、私は呼びかけた。


「どうしたの? 早く戻っておいでよ」


「うーん、どうしようかな。

3次元は、痛いからね」


まるで駄々をこねる小さな子供のように言った。



2016128

目が覚めてすぐ、スマホを覗き込んだ。

彼からメッセージが来ているような気がしたからだ。


すると、その手の中でスマホが小さく振動した。

メッセージが届いた合図だった。

 

「すげえきつい麻酔だった。じかん感覚なくて、いまもふらqふら」

 

彼からだった。

彼は生きていた。

ちゃんと戻ってきたんだ。

 

「おかえり」の文字を打つ手が震えた。

 

「わけのわからないじょうたいだった。へいこうかkqくgんくぃ」

 

「平衡感覚がない?」

「そ」

 

まだ意識が朦朧としているのか、彼から送ってくるメッセージは時々、文字になっていなかった。


愛用のiPadの画面上のキーボードを駆使して、なんとか文字を打とうと努力する健気な姿が、目に浮かんだ。

 

「うん。文字見れば、どんだけ大変だったかわかるよ。

でも良かった。

最悪考えて、いま鹿児島に向かってるとこ」


「うごけない。くるならドクターにいうけど」

 

後でわかったことだけど、オペで体力を消耗したのと、麻酔の副作用が強く出て、この時、彼は自力で歩けないほど体力を消耗していた。


「とりあえず予定通り、そっちに行くよ」 

 

佐伯港に着いたのは、夜明け前だった。

24時間営業のセルフスタンドでガソリンを満タンにした。


薩摩川内の病院名を打ち込んだ地図アプリを開くと、逆さの雫型マークが、彼の居場所を示した。

 

一本の青い線が、まるで私の想いのように、彼のいる場所まで伸びていた。

 

まだ暗い中、再び車を走らせる。

阿蘇を通り抜け、九州を横断する。

 

船で移動中に仮眠をとったおかげで疲労感はない。

むしろ、彼にもうすぐ会えるという高揚感で満たされていた。