香川 丸亀城



2015年923


あれ以来、彼と時々ドライブをするようになった。

その日は、香川県丸亀市にある丸亀城に立ち寄った。


急な坂を2人でヒーヒー言いながら登っている時、風が花の香りを運んできた。


「金木犀だ」


「ほんとだ。私、金木犀の香りって好き」

 

「そう? この香りを嗅ぐと、私はなぜか寂しくなる。子供の頃、空を見たら真っ赤に染まっていて。見惚れてたら、赤とんぼが目の前を通り過ぎて。

家族といても、いつも一人。そんな孤独を感じてた」

 

「それって、私も同じかも」


生きていくのが辛くてたまらない時は、必ず空を見上げた。


夕焼け空に向かって、帰りたいと懇願した。


何処から来たのかさえ、覚えてもいないくせに。


誰とも共有できなかった、根源からくる寂しさ。

 

でも私は、そんな風に昔話をしてくれる彼と並んで歩けるのが、嬉しくて満たされていた。

 

「そういう感覚って、宇宙人特有なのかな? ハマダさんに借りた本に書いてあった。宇宙人の魂を持つなんちゃら」


「宇宙人の魂を持つ人々。あの本なら返さなくていい。ルーシィにあげるよ」


「いいの? ありがとう。結構分厚いから、まだ全部読めてないんだ」


「ゆっくり読むといいよ」

 

頂上に着いて、景色だけの写真を撮った。

ツーショットの写真を撮るのは、気が引けたからだった。

 




それから瀬戸大橋の見える公園まで移動した。

売店のそばにあるテラスの空いた席を見つけ、自販機で買った飲み物を手に腰かけた。


「一個、聞いていい?」

私は慎重に尋ねた。

 

「ハマダさんは、私といて楽しい?」


すると彼は、困ったように肩をすくめた。


「どう言えばいい? 楽しいよって?」


それから、柔らかく笑みを浮かべた。


「迷惑だったら、ちゃんと言うし、そもそも連絡もしない。それにルーシィなら、何となくわかるでしょ?」


「うん、まあ」

私は自信なげに頷いた。


毎回、強引にドライブに誘って、無理矢理に彼を付き合わせてるんじゃないか。それで本当に良いのかどうか、今更ながら心配になってきたからだった。


「ルーシィとは、いつも独特のコミュニケーションを取ってる。会話の無いコミュニケーション」

 

そう言ってから、彼は何もない中空を目で追った。


「今も、ほら。またオーラが混ざってる。ルーシィと私の」


「え? どういうこと?」


「たぶんルーシィは、気づいてないよね。あたかも当たり前のように、こちらのオーラに入ってくるんだよ。

かと言って厚かましさとか、熱血とか浸食とか無理やりとかではなく、本当に自然に、いとも簡単に」


「私、そんなことしてる⁉︎


顔を赤らめる私を見て、彼はクスっと笑った。

「ちょっと不思議だよね」


「オーラが混ざるって、どういうことなの?」


「分からない。今までこんな風にオーラが混ざる相手と長く過ごしたことないから」

 

「普通は混ざらないんだ?」


「そうだね。よく空気のような存在って言うじゃない? それに近いのかもしれない。

そんなにお互いのこと知ってるわけでもないのに、そんな状態が存在するってのは、やっぱり前世の影響かな? 昔よく知ってたとかね」

 

「ふうん」


「他にも、いろいろ知ってるけど、ルーシィは知らない」

 

「またぁ。そう言って気を持たせといて、教えてくれないパターンでしょ」


「あたり。知らなくていいことも、この世には沢山ある」

 

彼の不思議ワールドは、詮索すればするほど謎が深まるばかりだ。

 

平和に時が過ぎてゆく。

こんな時は、彼が重い病気だということを忘れてしまいそうになる。



何処からともなくやってきた黒アゲハが、二人の頭上をひらひらと舞い通り過ぎてゆく。


「黒アゲハ。高次元の使いだ」

彼が言った。

「風が冷たくなってきた。そろそろ帰ろうか」