大きな転機になりうる選択を迫られた場合・・・


30歳目前ともなると、周りの人々が転職や結婚などで

大きな決断を強いられている状況をちょくちょく耳にすることがあります。

ちょうど人生の1つの大きな分岐点に差し掛かる年齢なんでしょうか。


大きな選択を迫られた場合、決断の根拠となるのは、

 自分が本当はどうしたいのか、何を望んでいるのか、

 自分が何をしなければならないのか、してはいけないのか、

最終的には完全に自分の意思であるべきです。


仮に、人生の岐路において、AとBのうち、Aを選択したとします。

それが自分にとって不本意な結果に終わってしまった場合、

その決断の責任は自分で取らなければなりません。

他人の意思による決断の尻拭いなんてやっていられませんから

その決断に当たって他人の意思を気にしてはいけません。


また、チャンスはいつも準備してないときに来る!と言います。

突然何か大きな変化を強いられる状況が訪れてしまうと、

それがチャンスなのかピンチなのか分からなくなるものです。

チャンスっちゃぁ~チャンス、ピンチっちゃぁ~ピンチ。


決められません。


2007年。

30歳までに「今後自分がどうなりたいのか」方向性を決めたいと

年頭に考えていました。

※別に僕自身が他者から決断を迫られた訳ではないのですが・・・

30歳へのカウントダウンが残り2ヶ月となった現在、

自分が今後どうなっていきたいのか、よく分かりません。

また、自分にはどんな選択肢があるのかもよく分かりません。


しかし、30歳まであと2ヶ月以上残っている、

まだかろうじて客観性が残っている今のうちに

書いておきたいことがあります。



そもそも、決断の時点でその決断に正解はない!



もし正解があるとすれば、それは決断をした後、

 「どう考えてもAを選んで正解だった」

 「Aを選んで間違いなかった」

と心から思えるだけの成果・実感を持てたときに出す自分の評価です。


まあ、Aを選んで正解だったと不本意ながら受け入れざるを得ない状況も

往々にしてありはしますが、

大概の場合、決断後の自分の生き方・努力次第で強引にその決断を

正解に持ち込めるはずなのです。

きっと・・・。


何かそんなことを突然書いておきたくなりました。

後で自分で読んで納得せざるを得ない状況が発生したときのために。


以上で~す。

お疲れさまで~す。