……昨日はシルバーウィークの最終日。
仙台の街は、連休の終わりを惜しむ人々のどこか物寂しい秋の気配に包まれていた。
世間一般の人々にとっては日常へ戻るためのカウントダウンの時間だったかもしれないが、僕にはあまり関係のない話だ。今の僕は、「無職」という薄暗い自由を背負った身分だからだ。みずからで楽しいことを探しに行かない限り、毎日が“曇りの日曜日”みたいな。
そんな僕が仙台駅前へと繰り出したのは、とあるカラオケオフ会に参加するためだった。サブカルチャー系カラオケサークル「仙台サブカラ」の“番外編”。趣旨は、「邦楽ロックとボーカロイドの楽曲にほんのり縛る」というロマンチックなもの。
僕の音楽的嗜好の根幹には、まるで太い杭のように「邦楽ロック」が突き刺さっている。中でもかつて音楽雑誌『ROCKIN'ON JAPAN』を中心に語られネットやライブハウスで一世を風靡した、いわゆる「ロキノン系」と呼ばれるジャンルが大好物で、…
…今となっては、この「ロキノン系」という言葉自体が懐かしい。ひとつの音楽雑誌周辺の文脈から生まれた日本のロック文化をざっくりと指す言葉であり、厳密な音楽ジャンルの一派というよりは、雑誌・ライブハウス・フェス・CDショップ・インターネット上のコミュニティまでを含めた“ゆるい文化圏”のようなものだった。
だから一言で「ロキノン系が好き」と言っても、音楽理論的には何も説明していない。しかしながら、好きな人にはなんとなく伝わる。
ロキノン系の楽曲群の中でも歪んだギターや内省的な歌詞に乗せて叫ばれる孤独と焦燥は、僕の思春期の歪んだ自意識の受け皿としてあまりにも完璧だった。
一方でもう一つのテーマである「ボーカロイド」に関しては、正直に言えば黎明期から全盛期にかけての古い楽曲しか分からない。が、オフ会の場を持たせることができる程度には知っているつもり。
今回のオフ会には、単なる音楽ジャンルの枠組みを超えた「文脈」があった。かつてこの仙台には、ふたつの大きなカラオケオフ会が存在していたのだ。
ひとつは「ボーカロイドカラオケオフ会」、通称「ボカラ」。全盛期の参加者は100人をゆうに超え、カラオケ屋の棟をひとつ貸し切っておこなわれたりもしていた。参加枠のキャンセル待ちの文化すらあった。もうひとつは僕の聖域であった「ロキノンカラオケオフ会」。
このふたつは表向き異なるジャンルでありながら、地下の伏流水のように深く結びついていた。
当時のニコニコ動画やライブハウスの文化を通過した人間なら頷けそうな話だが、ロキノン系と初期のボカロ文化とは、まぁ親和性が高かったのだ。ハチ(米津玄師)やwowakaがそうであったように、ボカロPたちの中にはロキノン系直系の歪んだオルタナティブ・ロックを鳴らす者が数多くいたし、リスナー層も綺麗に重複していた。
そのためふたつのオフ会には共通の常連が溢れ、実質的には一つの大きなコミュニティを形成していたのである。
……しかし時が経ち、それぞれのオフ会を牽引していた管理者たちのライフステージが移行していくにつれ——就職、結婚、出産、あるいは転勤といった、人生の真っ当なイベントたちによって——かつての形のままでコミュニティを維持することは難しくなっていった。
役目を終えた星が静かに冷えていくような、
そんなフェードアウトだった。
だが、文化の火種というものは思わぬところでふたたびパチパチと音を立ててみたりするものである。昨日の「仙台サブカラ番外編」には、あの二大オフ会を支えた懐かしい顔ぶれがたくさん見えた。
昨日のオフ会をさらに面白くさせていたのが、青森からの参加者。どうやら当時のボカロオフ会の参加者が宮城から青森へと引っ越し、その異動先でみずから新しいボカロオフ会を立ち上げて管理者をやっていたらしい。
そのオフ会の“現在の”管理者を含め、青森から女の子が3人やってきた。むかし宮城で生まれた趣味の文化が誰かの引っ越しによって青森へ持ち込まれ、そこでまた別のコミュニティとして生きている。
文化というのはこうやって、
人間にくっついて移動する。
▲参加者に向けて配布された名札のようなもの。
見覚えのある配色で、「それっぽく」作られている。
狂騒の7時間が終わり、宴の舞台は仙台が誇る東北最大の歓楽街へ。半数ほどの参加者がニ次会へと流れた。選ばれたのは「たま」という名の個室居酒屋、いい意味で雑に飲める気軽な店。
僕はお洒落なビストロや静謐な和食割烹が大好きだが、カラオケで喉を嗄らし感情を消費し尽くした僕たちに必要なのは「洗練」ではない。
もっと暴力的で、記号化された「安居酒屋の味」だ。陣取った僕たちは、定番のフードを次々と召喚した。
唐揚げ、枝豆、フライドポテト。
いやぁ雑だね。たまらんね。
ジョッキが次々と空になっていく。僕もまた、乾いた喉にハイボールを流し込み続けた。炭酸の刺激とアルコールの痺れが心地よく脳を揺らす。
3次会の会場は、同じく国分町に位置する「アニソン酒場」。特有の熱気の中で、僕たちはさらに歌った。
深夜特有のハイテンションとアルコールの勢いも手伝って、各々が限界突破。
シルバーウィーク最終日の、本当の締めくくり。みな数時間後には会社や学校へと向かうのだろうと思うとなんだか申し訳ないような気もした。冒頭でも述べた通り、僕は無職である。
かつてのコミュニティは形を変え、人々はそれぞれの場所へ散っていった。それでも音楽という共通言語はあの頃と変わらず在り続けるし、各々にその気さえあれば、僕たちは何度でも集まり笑い合うことができる。
次回開催は年末某日らしい。その日は遅くからしか手が空かない予感があるので、三次会以降に残っているタフな人間がいたら顔を出したいと思った。
【お知らせ】
このスペースに長らく掲載していた例のアレ、
もう充分に満たされたので募集終了しました!!
どうもありがとう!!
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山形といえば、来月のなかばに泊まりがけで山形まで行くことになっている。陶芸とかさせてもらえるらしい。やったー。






