今日は、幼少期の話がしたい。
ミミズを食べさせられたことがある。
服を脱がされ、身体を弄ばれたことがある。
自慰を強要されたことがある。
殴られたこと、
蹴られたこと、
首を絞められたこと、
タバコの火を押し当てられたこと、
……どれもこれも一度や二度の話じゃない。
数え始めたら、本当に本当にキリがない。
こんな形で切り出してしまったが、いま僕がしようとしていることは「恨み節の書き殴り」ではないんだ。この件について被害者として扱われることを断固拒否する。
僕は当時、
喜んでいた。
幸せだった。
いまだってそう。
……とはいえ最初は、やっぱり嫌だったな。
痛いのも苦しいのも恥ずかしいのも、
そりゃあ嫌だったわ。
だけど「やめてくれ」とか言ったって、絶対に絶対に終わらないからね。苦痛や恥辱の受け取り方をこちら側で変えていくしかなかった。
ある日突然脳味噌が作り変わったんだよ。べつにそうしようと思ったわけじゃないんだけど、生存戦略として結果的にそうなった、っていうか。
とにかく、いまの脳味噌に仕上がるまでまったく時間はかからなかった。自分でもちょっとひくくらいあっさり適応してしまった。
ヒロキは好き嫌いなくなんでも食べる。喜んで食べる。美味しそうに食べる。これを評価してくれる人と出会うたび、あぁ光栄だなと思う。
同時に昔のことを思い出し、
心の中でつぶやく。
「食べ物らしい食べ物っていうその時点で、
なんだって美味しいしありがたいじゃん」
……ヒロキは元々好き嫌いばかりする子供で、ああいうことに見舞われなければ今頃どう育っていたか分からない。みんなが好んでくれるこの【なんでも美味しく食べられる】というスキルを、あのイベントなしで獲得できたかどうかちょっと不明だ。
同じような経緯で痛みにも強くなった。それどころか、他者から痛めつけられることそのものを好むようになった。性癖は歪みに歪んだ。
痛いことや苦しいこと、恥ずかしいことは、
とても甘美な感覚を連れてきてくれる。
それらを差し向けてくる同級生や先輩に対し、当時どこか恋心や独占欲に似た感情を抱いていたと思う。
「他の人を標的にしないでくれ」「このまま僕だけを見ていてくれ」……と、そう願いながら毎日きちんと学校へ行き、そしてすべてを受け容れた。そうやってみずから玩具になりに行く自分を俯瞰で見て性的に興奮したりもしていた。本当に幸せだったな。おめでたい、とも言う。
「不登校になるなよ、ヒロキ」
「明日もちゃんと来なよ」
笑いながら言われるたびに、
「きみらに言われなくてもな」と思った。
大人になった今の僕には、自分の人生や人格を自分で選び直していく権限と能力がある。何かを強要してくる人間はもういないし、仮にそういうやつが現れたとして、普通に離れればいい。逃げればいい。その気になれば戦ってみることだってできそうだ。
頭では分かっているけれど、僕はもはやおかしくなっちゃった自分の矯正にまったく興味が湧かない。だって結構大変そうだし、あえて今からやらなくたって、このまま生きていけると思うし。
性癖だけはちょっと厄介なところもあるが、さいわいなことに、何かの加害者になってしまう感じの歪み方はしていない。いまの嗜好の核にある「酷い目に遭わされたい」が超ドギツい暴走なんかをはじめたところで、「他者を酷い目に遭わせたい」にはなりえない。だから自分の性癖をまったく心配せずに生きていられる。勢い余ってうっかり自分を死に至らしめないように気をつけないとなぁとは思うけど。
だからこのまま生きていく。
人に理解してもらえることは少ないが、こういう部分をわざわざ共有せずとも他の部分を使って普通に交流できるし、僕はこのまま、
なんでこんな話をしているんだ?
ごめん。
【お知らせ】
このスペースに長らく掲載していた例のアレ、
もう充分に満たされたので募集終了しました!!
どうもありがとう!!
▲「ヒロキ」をお食事に誘う際の参考にどうぞ🤝
苦痛に対する感覚そのものは、いまも変わらずここにあるよ。痛いものはちゃんと痛いし、苦しいものはちゃんと苦しいし、恥ずかしいことはちゃんと恥ずかしい。
それらにマッチさせて有り余るだけの脳内麻薬がジャブジャブ分泌されるようになったってことなんだろうなと思ってる。脳内麻薬中毒だ。
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