工藤静香と中森明菜の分岐点 | 闇を愛するアラフィフニート主婦の日常

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旦那と2010年生まれの息子と暮らしてます。
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不謹慎でネガティブな日々を送っています。

BGM:lasen

 

工藤静香の中でもマイナーな曲ではと自負しているw

クラシック調縛りのオリジナルアルバムに入ってる曲です。

 

今日行ったスーパーで、工藤静香がかかってて

久々聴いてみようと思い、リストを作ったのさ。

 

 

ほぼアルバムの曲ばっかだけどw

 

アルバム曲に一定の思い入れがあるということは

そうです、わしは高校~大学時代くらいまで、工藤静香にハマってました。

 

当時は光GENJIにも一定の思い入れがあり、明星を毎月買ってたのですが

工藤静香は、インタビューなんかも他のアイドルとは一線を画してて

あれよあれよという間に、単なる歌姫ではなく、時代のファッションリーダーくらいになりました。

 

絵を描いて二科展に毎年のように入選したり

歌詞を自分で書いたり

アクセサリーのブランドを立ち上げたりと

アーティスト寄りの活動を積極的にしている歌手も、わしにとっては初でした。

 

ちなみにバンドでコピったこともありますw

(my eyesはギーソロも鬼かっこいいからぜひ聴いてほしい)

 

今はお子さんたちの芸能活動に力を入れている印象で

発言なども昔ほどのカリスマ性がなく

何ならルックスも劣化してるぽいですが・・・(;´Д`)

 

あの頃の工藤静香(ソロ活動開始~95年くらいまでかな?)は

あゆとか宇多田とかに匹敵するくらいの勢いがありましたですよ。

 

みたいなことを考えながら曲を聴いていると

そーいや、彼女に似た人物が居るぞ・・・と思い当たり。

その名は中森明菜。

 

明菜ちゃんの全盛期は、わしが小学校~中学くらいまでなので

ちょうど工藤静香と入れ替わりな感じですね。

 

二人のあれこれは、思ったより色々かぶる。

 

・歌がうまい

・ヤンキー臭が強くて、ちょっと影がある

・その時代のファッションリーダー

・単なるアイドルではなく、女子も憧れた

 

そして何より

 

・ジャニーズと恋に落ちた

 

これに尽きるだろうが!ww

 

しかし結末は天国と地獄のようにばっこり分かれた。

 

昭和平成を知らない人のために説明すると

 

明菜ちゃんは、当時のアイドル・マッチと恋に落ちたものの

最終的にマッチの部屋で手首切って自殺未遂→その後破局。

 

工藤静香は、飛ぶ鳥落とす勢いのキムタクと恋に落ち

あれよあれよという間にデキ婚。

 

まー今でこそジャニタレ、しれっと結婚しますが・・・

工藤静香とキムタクの時は、タブー臭がまだめちゃくちゃ強い時代。

現役第一線で活動してるアイドルの結婚なんてあり得ない感じだった。

なんかもう、あっちこっち喧々諤々だったイメージしかないw

 

お互い、人気も実力もあった大物歌手なのに

しかも特徴も似てるのに

なんで工藤静香と明菜ちゃんは、あんなにも分かれてしまったのか。

 

わしが明星のインタビュー読んでて「工藤静香すげーな~」って、高校生ながらに思ったのは

彼女のコンサートのエピソードである。

 

激しめのロックなんかも取り入れていた、当時のステージでは

そのパフォーマンスに対応して、男性アイドルの振り付けなんかを担当している先生がついた。

 

普通は、そんな決定は事務所同士のやり取りなんだが

工藤静香は、実際の振り付け指導に入る前に

自ら直々、その先生に1本電話を入れて「よろしくお願いします」と挨拶をしたそうである。

たぶんまだ当時10代。

 

その他のエピソードを思い返してみても、工藤静香にはそういう

人たらしというか、人の心をつかむための行動が標準装備のようだ。

 

料理が得意なので、手作りのお菓子を現場にたくさん振る舞ったり

キムタクとのデキ婚で怒り心頭だったメリーさんに、産後一番に我が子を抱かせたり。

 

確か小学校高学年くらいから芸能事務所に所属してたような記憶がある。

その後、おニャン子からのし上がって行ったのは皆も知るところだが

おニャン子時代はソロ曲もなかったし、うしろ髪だか何だかの時代も、生稲の方が人気あったイメージなんだよな。

 

こうして見てると、実力はもちろんなんだけど

それ以上にご本人の野心とか努力によって、色々を乗り越えてきたところも大きいんじゃないか。

 

対して明菜ちゃんは、工藤静香ほどの下積みがないイメージがある。

そして、本人が純粋で真面目なせいもあるんだけど

色々と融通がききにくかった、ワガママ風エピソードも多い。

 

それは昭和のアイドルならおそらく、そんなに珍しいことではないだろう。

昭和という時代は、今よりももっと、良くも悪くも色んなことがめちゃくちゃだったからw

 

明菜ちゃんが手首を切ってマッチと破局したのは

昭和と平成の境目くらいだった気がする。

なぜ彼女は平成の芸能界を生き抜けなかったのか。

 

あーゆースキャンダルを起こしておきながら

復帰の道はちゃんと用意されていた。

復帰後1曲目の後は、以前ほどバカ売れしなかったけど

「二人静」っていう曲は映画の主題歌にもなったし、わしもシングルCD買った記憶がある。

(はからずとも曲名に「しずか」と入ってる偶然w)

 

なのに、その後の芸能界からフェイドアウトしていったのは

勝手に推測してばっかだが、たぶん工藤静香ほどに野心もなければ、人たらしのための努力をするタイプでもなかったんだと思う。

 

人は、もし見え見えのやり方であっても

こちらに気を使ってかいがいしく動いてくれる人物を、むげにはできんだろう。

平成以降は、ルックスや実力だけで売れる時代ではなく、たぶんなんかプラスアルファが必要だったんじゃないか。

一度バカ売れしてしまった昭和の歌姫に

そのあたりを求めるのも酷な話だったのかもしれない。

 

とはいえ、生き残ってる今の工藤静香に、もうわしは興味がない。

ないけど、かつての曲たちはやっぱり、群を抜いてキラキラしてる。

 

2人の娘さんたちですらきっと分からない

彼女がどれほどすごかったかとか当時の空気感のこと。

 

今はインスタやティクトクなんかで、芸能人はもっと身近な存在かもしれないけど

インターネットが発達してないあの頃だからこそのカリスマを持ったアイドルたちには

やっぱりかなわないんじゃないかな、と思ってしまうわしは老害だw