闇を愛するアラフィフニート主婦の日常

闇を愛するアラフィフニート主婦の日常

旦那と2010年生まれの息子と暮らしてます。
2013年にパート勤めを辞めて以来
「さして働かず、さして家事せず、さして子育てせず」をモットーに
不謹慎でネガティブな日々を送っています。

一緒にしてはいけません。

いけませんと思いながらそれしかよぎりません。

 

国のために散った若き命と

好き好んで身を投じてる、たかが部活を

一緒にするのは不謹慎すぎます。

 

高1息子Y氏は野球部です。

公立ではガチ目の野球部です。

もちろん坊主です。

 

その母は野球に興味がありません。

ありませんが、息子が高校球児の当事者ともなると

つい連日の甲子園にチャンネルを合わせて

息子と同世代の子たちに思いを馳せ

戦前からある高校野球が持っている、伝統と言う名の

良くも悪くも時代錯誤なあれこれに、少々取り込まれております。

 

自由な髪型が増えたとはいえ、まだまだ坊主が主流の高校野球です。

それだけで戦前を彷彿とさせます。

スタンドには日の丸のハチマキを巻いて応援に興じる部員も多々居ます。

もう特攻フラグでしかない。

 

敗戦し、地面につくばって砂を集める球児たちは

玉音放送で涙した日本人のシルエットを思わせます。

 

オサレ寄りの他のスポーツと違って

ええ、もう歴然と違って

プロ野球よりも歴史の長い高校野球は

いくらタイブレークやリクエストや女性審判が導入されようと

全体的な趣に、戦争臭を感じずにはいられないのです。

 

そして特攻兵の母は

夏の弁当に疲弊しています。

 

毎日のようにどこかの学校と試合が組まれている夏休み

連日の殺人的な暑さに、息子の命を危ぶみながら送り出すわしは

はっきり言って、その他の家事(洗濯や夕食作りや)など、鼻クソ作業に感じるくらい

朝の支度に心臓を捧げ、そしてその後1日屍と化しています。

 

試合の開始時間や場所によって、毎朝出る時間が異なる夏休み。

5時に起きるだの今日は5時半だの、フレキシブルな要求に合わせて

母は朝ご飯&弁当作成マシーンと化します。

 

<朝ご飯>

・食パン2枚+チーズ(パンはホームベーカリーで手作りしてるもの)

・ヨーグルト

・オイコスドリンク

 

<弁当>

・冷やしうどん&つゆ(冷蔵の場合は朝から茹でる・冷凍の場合はレンチン)

・少し小さいタッパーにその他のおかず(味付ゆで卵2個は必須で作り置きする・抗菌シートをかぶせるのを忘れずに)

・おにぎり数個(最大値の時は5個とかあった)

・ゼリー飲料×2(こちらもストックを切らさない)

・凍らせたドリンク×2(冷凍庫に毎晩ストックを忘れない)

・冷やしタオル(水で濡らして冷えるタオル、これを一番入れ忘れそうになる)

・水筒(氷なるべくたっぷり)

 

これが毎日。

お茶は毎日3回は湧かしてる。

米だけは旦那が炊いているが、その他の制作から在庫ストック仕入れ管理まで全てわし。

 

もう仕事よりもずっと仕事です。

わしの命は毎朝、小一時間で尽きています。

 

そしてこの作業は喜びでも愛でも何でもありません。

多大なる義務と責任のみで行っています。

「親だからやらねばならぬ」ただそれだけ。

愛で子育てを遂行できるなら、俺は彼が生まれし頃に、とっくに逃げ出してる。

 

しかしわしと旦那の周囲には、このように野球に命を捧げてきた実例がありません。

せいぜい辿って義理の甥くらいで、それとてガチ勢ではありません。

大体が文系なのです。

 

Y氏よなぜキミは

小1の幼き頃から野球に取り組み

「いつ辞めるんだろう」と傍観する母をものともせず

高校野球で好き度合いはピークに達し

そういえば一度も彼の口から「辞めたい」などと聞いたことがなく

 

あれよあれよという間に、高校野球の激流に巻き込まれながら

「親としての義務は果たすが、運動部ガチ勢の弁当サポートがこれほどまでに重責とは思わなんだ」と

戸惑いの最中でいまだ翻弄され続け、温かな寄り添いや応援とは、やっぱりまるで無縁の母です。

 

こんなオプションは

子育ての想定外だ。だって文系だから。

 

そして世の母がコレを連綿と執り行って来た事実に驚愕している。

何なら運動部きょうだい複数とかも珍しくないわけだ。

一人っ子で運動部なY氏なぞ、苦労のうちに入れるのもおこがましい。

まして特攻兵に重ねるなど。

 

親なら誰しも、子どものために努力することを、喜びだと思うわけではない。

こんなの俺の人生じゃない。運動部で頑張る息子を、身を削りながらサポートするなど。

俺は日々そう思っている。

しかしそう思いながら責務を果たしている。

果たさなしゃーないからである。

 

野球に浸食されていく俺のすべてが死ぬほど嫌だ。

もういいです、俺はもうやりたいこともないし、自分の人生楽しみましたので

こんな不本意な作業があと2年近く続くなら、もうここで絶命でいいです。

そんな風にも思ってる。それほどなぜか辛い。

 

特攻兵の母と言いながら母が死ぬ気まんまんwww

 

この弁当作業

仕入れ、在庫管理、早朝手当なんかも加味すると

ものすごい時給になると思いますよ。

共働きが完全デフォの令和の母たち、子どもに運動部なんてさせられるのでしょうかこの先。

 

それとも俺だけが

想定外のこの人生に、打たれ弱いだけでしょうか。

 

弁当しか作ってない。

弁当中心に回ってる人生です。

野球の神様、これが普通なのですか。

 

子どもがいくらやる気をみなぎらせて

毎日のように部活を楽しんで

充実した日々を送ってたとしても

 

俺は人の支援やサポートをして

その人の喜ぶ姿を見て

自分も嬉しくなっちまう、みたいな

ホスピタリティキャラクターでは全然ないんです。

それを改めて思い知りました。

 

感謝もいらない。人に必要とされたくもない。

自分にとって何が必要か。それしか考えてません。

弁当人生は俺には全く必要じゃ無いです。

でも親だからしゃーなしに作ってます。死ぬる思いで。

 

書いても書いても思いが溢れる。

部活頑張る子への思いではなく、その弁当作りが嫌な思いww

 

旦那が作れば一発解決なんですが

夏の煩雑な持ち物の用意を、引き継げる自信がありません。

 

人のために毎朝フレキシブルに起きて、そっから自分のこと。

その自分のことであるはずの仕事すら、俺は家族のスケジュールに合わせられるように、資格まで取った。

 

大人なんぞ下の世代に食い尽くされればいい、とは思ってるので

そういう仕上がりにはなっている。

少なくとも本当に若い世代が命を散らしていた、あの戦争の頃よりは全然マシなのだ。

 

野球と戦争はやっぱり何らか相性がいいのか、いついつまでも色んなことを書き続けられる。