私が致命的な故障したのは
‘94〜’95のシーズン
その時は
福岡国際マラソン 参加資格2時間26分を狙っており
トレーニングもしっかりしていた
スピードがやや不足していた私は
スピード強化に取り組んで
個人練習で
3000m×5 をレスト600mジョグ(4分)
9’55”(4’00”)-9’51”(3’58”)-9’56”(3’56”)-10’00”(3’53”)-9’59”
みたいな感じ5〜6回取り組んだり
3000m+6000m+3000m
9’48”-19:42”-9’52”でこなしたり
タフな芦屋のハーフマラソンコース(公認)で
9/25,10/15 1:13:43,1:13:15
→実績的に過去はこのコースの2倍のタイムでフルマラソンが走れた

レースでは10マイル 51’52”
鱒渕マラソンで熱がありながら2:30:57で
独走優勝したりした
5km 15:31
5000m 15:47
10km 32:39
ハーフ1:10:28
フル 2:28:20(‘94/2)
の持ちタイムが有った

しかしながら
タイムを狙ってた防府読売マラソン直前
の調整の5km16:20で走った後
その後
別大に向けて頑張っていたが
やはり、直前にギックリ腰みたいな腰痛を
起こしてしまった

やめときゃ良かったのだが
これだけ練習して来たのにシーズンに
1本もフルマラソンを走れないは悔しいので
タイムは狙えないがコルセットを使用して
何とか出場
2:32:20で完走した
→コレが原因になり、思いっ切り走ると
腰痛が出るようになり、身体の限界が下がってしまった
→その後、’95〜’05までは2:30カットを維持はしたが思いっ切り走れなくなった
また、頑張ると坐骨神経痛が出てしまい
この坐骨神経痛は長い付き合いだ

2022神戸マラソンもこの腰からの坐骨神経痛で
左尻を傷めたせいだし、その後半年以上
ジョグも出来なくなったのは左尻を庇ってしまい
右膝周りを傷めたからだ
整体の有名な先生曰く
【腰の○番の骨が飛び出ているから
もう快調に思うようには走れないよ!
誤魔化しながら、それなりに走るしか無い

】
→それは誤魔化しながらそれなりに
走れたら良い方だと言う事で
このまま走れなくなっても仕方ないと言うニュアンスだった


振り返ると
致命的な故障は’95/2
それからは誤魔化し、誤魔化し!
やれる範囲でやっているだけである
つまり
故障はずっと引きずる
しかしながら、誤魔化しながらでも
私ぐらいは走れるかも?である
だからこそ、故障した時にレースに出ない事だ
無理してレースに出ていた人は
年齢と共に
40代→50代→60代になると
だんだんと顕著に力が落ちたり、走れなく
なる
→当たり前の事だ

故障を自覚した状況で
レースを走るのは
更にレベルを落とすのでここに注意しよう

名だたる箱根の有名ランナーでも
実業団後に
故障してマラソンを思うほど
走れなかった選手が遥かに多い
例えば渡辺康幸選手や山の神の柏原選手は
その一例だろう
綺麗なフォームでも無理したら
故障する
基本的に
【無事コレ名馬】