富士山マラソン覚書
静岡マラソンと同じく
富士山マラソンと言いながら
雲のため1度も
富士山の姿を見れなかった
この大会には
台風により、宮城県制覇出来なかったため
山梨県制覇で一つ前進を試みた
しかしながら、神戸マラソンのダメージが
大きく
(左足甲+股関節+疲労)
富士山マラソンに行くのを決めたのは
木曜日だった
したがって、新幹線+横浜線+富士急行
の長い長い移動(行きは家を出てから宿に着くまで10時間、帰りは河口湖駅を出てから家に着くまで約9時間)
非常に辛い移動となった
→長い移動は疲れるので
やっぱりこの移動はマラソンには
良くなかったと思う
ただ、年代優勝出来たし、完走出来たのは
幸運だった
しかしながら、九州から山梨県は遠い!
別海よりも時間的に遠い
スタート時は小雨だったが
3kmくらいで止むが
やはり動かない
キロ4くらいがやっとくらい
感覚が15秒/kmくらい違う
12kmくらいでスタートライン近くに
戻って来るので
そこで止めようかと思うが、
そのあたりで
女性ランナーに追い付かれて
(マラソン後にナンバーカードから廣瀬光子さんと分かる
→関東では有名なランナーみたいだ)
それと棄権したら
またこのレースに来なきゃ行けないと
思うと憂鬱だ
気を取り直して走る
しかしながらキロ4がやっとだ
そして
廣瀬さんたちの前に一旦に出る。
河口湖から西湖へ向かう
800mくらで80m上がると言う坂を越えたら左足甲と股関節が痛くなり、
4:15/kmくらいのペースに落ちた
しかも、身体も重いし
このペースがやっとこさ
後、20kmコレで行かなきゃいけないと
思うと憂鬱で残り距離が
長いと思いつつ走っていると
廣瀬さんに抜き返され
付いて行けない(彼女もキロ4オーバーして
いるのだがそれ以上に私が走れていない)
とりあえず、動かないので
誤魔化しつつ走る
思うように走れないと
残り距離が長い→悲しい😭
普通は30km過ぎたら
圧倒的に抜きに入るのだが
自分が走れて無いから抜かれる方が多い?
だんだんと距離が進むに従って
廣瀬さんには離される
35km過ぎると
タレたランナーを少し抜きだし
シンドイなぁと思いつつも気持ちは楽になる。
脚も益々痛いし、動かない
何とかゴールを目指す
ラスト20mくらいで
1人抜かれる
ゴール 2:54:06
ワーストを何とか
回避した
年代的には55〜59歳のカテゴリーに
救われた
50代なら4位だったようだ
まあ
とりあえず
神戸マラソンの後だし
仕方ないが、次はしっかり走りたい
私が走り始めた時代は
東の河口湖マラソン
西の篠山ABCマラソンが
マンモス大会として有名だった
受け付けに並ぶ人達が道を塞ぎ
荷物預け場所になかなか行けない
荷物預け場所からスタート地点に中々行けないなど動勢がとても悪くて
神戸マラソンと比較すると
運営は遥かに悪かった
また、スタート地点や荷物預けなど
受け付けで貰うはずの注意点などの
用紙が無くて、さっぱり走る前の動きが
分からなかった
しかしながら
人生初の山梨県入り
マラソン走ってなかったら
来ることは無かったかもしれない
感謝