11) '94 別大マラソン 2:28:20・・・自己ベスト
   福岡国際(当時2:26:00以内の1年以内記録が要)に参加されている
   福岡市役所のS川さんにへばりつく。
   16:48-17:07-17:12(51:07) ・・・S川さんに付けたのはここまで(初のサブ30の防府より1:10位速い)
 
   福岡はこのペースというのを胸に刻む
   その後は  17:27-17:35-17:44-18:14-18:19-7:54と徐々に落ちながらも粘った
   S川さんは途中で逆転した(あくまでも彼は17:17以内のペースにこだわった)

12) '94鱒渕マラソン 2:30:57
   金曜日まで風邪で発熱しながら、せき込みながらも参戦
   最初から独走・・・2:30:57・・・初優勝v(^-^)v

   終了後は発熱するありさまだった。(ノ_-。)

13) '95別大マラソン 2:32:20
   防府に引き続き、ぎっくり腰で座っていても痛い状態
   小雪の中 コルセットをまいて走る
   まさかの完走  2:32:20 をするものの ・・・支払った代償は大きかった
   これ以降ガンガン攻める走りは腰痛を起こすのでできなくなった。(ノ_-。)

14) '96東京国際マラソン  2:28:43・・・東京コース最高タイム
   '93から3年後地力をupし、チャレンジ
    終始tokutokuさんに追いつては離されるを繰り返すが
    競技場に入る際に逆転、なんとか逃げ切る
    これ以降tokutokuさんにはほとんど勝てない(;^_^A



15) '96びわこ毎日マラソン  2:30:21
  東京をスライドした渡辺康幸初マラソン追いかける
  ところが・・・前日発熱で身体検査に引っかかり、当日は発熱をごまかし出場
  25km 1:28:00の厳しい関門を通り抜けると、完走すりゃいいやの気持ちになり
  35kmでひょっとしたらサブ30切れるかもと思い頑張るが21秒及ばず
  2:30:21 (期待の渡辺は35kmすぎまで優勝争いをするが、35km以降失速7位だった)

16) '97 防府マラソン 2:27:29 ・・・PB
  '94に比べ力は落ちていたが、気象条件が良かった

17)'98東京国際マラソン
   30km 1:45:21 
   東京は36km~39.4kmまで市ヶ谷の上りがあるため、35~40kmのラップが20秒~2分
   落ちることを考えるとサブ30がやばい・・・
   ここで切らなければ自分も家族も殺されると思い、必死に走る。(仮想走れメロス状態)
   100m前を走る旭川の中山さんを目標に
   追いかける。
   35km 2:03:31(18:10)・・・やばいラップが18分台に落ちた
   36kmからの坂を必死に頑張る・・・サブ30のためには40km 2:22:00が最低ラインと思う
   40km 2:22:03(18:32) ・・・中山さんは10秒前・・・サブ30はやはりあそこだ・・・必死に追いかける

   競技場に入る・・・ラスト1周 2:28:40・・・80秒しかない・・・中山さんは30m前
   動かない脚で必死に飛ばす・・・中山さんに5mに迫る・・・ゴール 2:29:55
   なんとか参加資格get・・・ホッ

   切るか切らないかは大違い
   '93 防府マラソン    2:29:22
   '95 大連国際マラソン 2:29:30
   '98 東京国際マラソン 2:29:55
   '99 東京国際マラソン 2:29:27
   '99 防府マラソン    2:29:22
   '00 東京国際マラソン 2:29:58
   '01 東京国際マラソン 2:29:50
   '01 大田原マラソン   2:29:29 
   '04 防府マラソン    2:29:37
   '05 大田原マラソン   2:29:41
   '05 びわこ毎日マラソン2:29:32
   '05 福岡国際マラソン 2:29:50

公認だけで40秒余裕が無いレースが12も有る。
  ギリギリのケースで切れなかったのは公認では'96びわこのみ。
  ここは諦めない意志の力だ。

18) '00玉造毎日マラソン 2:46:12・・・5位
  '94 12位を除き その他の8回は入賞
  酷暑マラソンで知られた玉造毎日マラソンだが'00は異常な暑さだった
  完走率 33%
  陸連登録者で本格的市民ランナーしか出ないこと大会でハーフで止める方が
  ほとんどだった・・・
  玉造マラソンの平均より10分以上悪かったが、最終的に5位入賞