★ビル・ロジャース★
1970年代、フランクショーターとともにアメリカの有名なマラソンランナーだ。
ショーターに比べると日本人にはなじみがないが
Boston'78-’80 3連覇 計4度優勝
NYcity '76-'79 4連覇
福岡 ’77優勝
しかも年3回-6回マラソンを走る凄い選手だった
今のマラソンランナーには考えにくい回数だ
1976/10 NYcity~佐渡~ボルチモア~京都まで4連勝
1977/4Boston 棄権を挟んで
1977/5 アムステル~ウエンズボロ~NYcity-福岡-Boston-'78/11NYCityと6連勝
棄権を除けば10回連続優勝( ゚ ▽ ゚ ;)
フランクショーターとほぼ同時期に活躍した(若干遅い)
しかしオリンピックとは縁がなく、'76モントリオール5輪は40位だった。
瀬古には京都、'77福岡、'79Bostonで勝った
瀬古には3勝2敗
しかし、ロジャースの福岡連覇、Boston4連覇を阻止したのも瀬古氏だった
優勝15回を誇る
ベストタイム2:09:27はフランクショーターを約1分上回る
(当時サブ10ランナーは世界に数えるほど)
5000m 13'42"
1万m 28'04"
30kmロード 1時間29分04秒
は今でも日本のtopランナーでも通用する持ちタイムだ。
彼を強くしたトレーニングは
上り坂 1分の全力走の繰り返し
だという。
なぜ走るのかの問いに
”走るのが好きだから”
・・・と明快に答えた
僕らと同じ答えかも?
少なくとも僕とは同じ答えだ(笑)≧(´▽`)≦
ロジャースの言葉
1)戦術には無関心であってはならない
自分の歩幅やリズムを狂わせられないように
ロードレースは最短距離を走れ
(フランクショーターと並走し曲がり角であっと言う間に10メートル
リードを奪われた・・・経験による)
2)一流ランナーでもひどく重要な試合の前によくある話だが
徐々に高まっていく緊張と不安の中で
してはならないトレーニングをしてしまうケースがある
レースの2~3週間前に入ったら
どんなにジタバタしても
今更強くなれないし改善することもできない・・・
と自分に言い聞かせる
最後の1週間かそこらは自転車で海岸を散歩するほうが
懸命だと考えている
よくレースが近づくほど焦って強い練習をする人がいるが
”その人は目の前にレースがあるのではなく、いまやって
いることがレースになってしまい
本番のときは疲れてげんなりしている”
・・・そういえば・・・
北京オリンピックの
佐藤選手、大崎選手、土佐選手、野口選手が
スタートラインに立てなかったり、不調を極めたのも記憶に新しい
ビル・ロジャース主なマラソン記録
1)1975/4/21 Bosuton 2:09:55 優勝(全米記録)
2)1975/12/7 福岡 2:11:26 3位
3)1976/5/22 アメリカ5輪予選 2:11:58 2位(ショーターに敗れる7秒差)
4)1976/7/31 モントリオール5輪 2:25:14 40位 惨敗
5)1976/10/24 NYcity 2:10:10 優勝(大会記録)
6)1976/11/7 佐渡島マラソン 2:08:23 優勝
(200m短く公認にならなかった)
7) 1977/10/23 NYcity 2:11:28 優勝 連覇
8)1977/12/4 福岡 2:10:55 優勝(1977年度ランク世界一)
9)1978/4/17 Boston 2:10:13 優勝
10)1978/10/22 NYcity 2:12:12 優勝・・・3連覇
11)1978/12/3 福岡 2:12:51 6位・・・瀬古に敗れる
12)1979/4/16 Boston 2:09:27 優勝・・・瀬古に勝つ・・・連覇(全米記録)
13)1979/10/21 NYcity 2:11:28 優勝・・・4連覇
14)1980/4/21 Boston 2:12:11 優勝・・・3連覇
15)1980/10/26 NYcity 2:13:20 5位
16)1981/4/20 Boston 2:10:34 3位・・・瀬古に4連覇阻まれる
1970年代、フランクショーターとともにアメリカの有名なマラソンランナーだ。
ショーターに比べると日本人にはなじみがないが
Boston'78-’80 3連覇 計4度優勝
NYcity '76-'79 4連覇
福岡 ’77優勝
しかも年3回-6回マラソンを走る凄い選手だった
今のマラソンランナーには考えにくい回数だ
1976/10 NYcity~佐渡~ボルチモア~京都まで4連勝
1977/4Boston 棄権を挟んで
1977/5 アムステル~ウエンズボロ~NYcity-福岡-Boston-'78/11NYCityと6連勝
棄権を除けば10回連続優勝( ゚ ▽ ゚ ;)

フランクショーターとほぼ同時期に活躍した(若干遅い)
しかしオリンピックとは縁がなく、'76モントリオール5輪は40位だった。
瀬古には京都、'77福岡、'79Bostonで勝った
瀬古には3勝2敗
しかし、ロジャースの福岡連覇、Boston4連覇を阻止したのも瀬古氏だった
優勝15回を誇る
ベストタイム2:09:27はフランクショーターを約1分上回る
(当時サブ10ランナーは世界に数えるほど)
5000m 13'42"
1万m 28'04"
30kmロード 1時間29分04秒
は今でも日本のtopランナーでも通用する持ちタイムだ。
彼を強くしたトレーニングは
上り坂 1分の全力走の繰り返し
だという。
なぜ走るのかの問いに
”走るのが好きだから”
・・・と明快に答えた僕らと同じ答えかも?
少なくとも僕とは同じ答えだ(笑)≧(´▽`)≦

ロジャースの言葉
1)戦術には無関心であってはならない
自分の歩幅やリズムを狂わせられないように
ロードレースは最短距離を走れ
(フランクショーターと並走し曲がり角であっと言う間に10メートル
リードを奪われた・・・経験による)
2)一流ランナーでもひどく重要な試合の前によくある話だが
徐々に高まっていく緊張と不安の中で
してはならないトレーニングをしてしまうケースがある
レースの2~3週間前に入ったら
どんなにジタバタしても
今更強くなれないし改善することもできない・・・
と自分に言い聞かせる
最後の1週間かそこらは自転車で海岸を散歩するほうが
懸命だと考えている
よくレースが近づくほど焦って強い練習をする人がいるが
”その人は目の前にレースがあるのではなく、いまやって
いることがレースになってしまい
本番のときは疲れてげんなりしている”
・・・そういえば・・・
北京オリンピックの
佐藤選手、大崎選手、土佐選手、野口選手が
スタートラインに立てなかったり、不調を極めたのも記憶に新しい
ビル・ロジャース主なマラソン記録
1)1975/4/21 Bosuton 2:09:55 優勝(全米記録)
2)1975/12/7 福岡 2:11:26 3位
3)1976/5/22 アメリカ5輪予選 2:11:58 2位(ショーターに敗れる7秒差)
4)1976/7/31 モントリオール5輪 2:25:14 40位 惨敗
5)1976/10/24 NYcity 2:10:10 優勝(大会記録)
6)1976/11/7 佐渡島マラソン 2:08:23 優勝
(200m短く公認にならなかった)
7) 1977/10/23 NYcity 2:11:28 優勝 連覇
8)1977/12/4 福岡 2:10:55 優勝(1977年度ランク世界一)
9)1978/4/17 Boston 2:10:13 優勝
10)1978/10/22 NYcity 2:12:12 優勝・・・3連覇
11)1978/12/3 福岡 2:12:51 6位・・・瀬古に敗れる
12)1979/4/16 Boston 2:09:27 優勝・・・瀬古に勝つ・・・連覇(全米記録)
13)1979/10/21 NYcity 2:11:28 優勝・・・4連覇
14)1980/4/21 Boston 2:12:11 優勝・・・3連覇
15)1980/10/26 NYcity 2:13:20 5位
16)1981/4/20 Boston 2:10:34 3位・・・瀬古に4連覇阻まれる