1月22日の授業♪ 納得すること 出来ないこと | Kantorinになる!

Kantorinになる!

教会音楽家がとうとう職業になってしまうのか?
どこへ行く、自分?

1月22日土曜日 朝9時半より 教会の家にて始業♪





一時間目は Chorleiter、合唱指導。



まずは 理にかなって



朝一番♪ 歌う前に何をしたらいいか? 

どのように身体をアクティブにするか?



身体をゆする


首の体操

身体をたたく


側面の筋肉を伸ばす


前屈して 上体を脱力する


肋骨のストレッチ




身体をゆする っていうのと 身体をたたく っていうのは 気功でも 気をアクティブにするために
やりますよ。 ←気功暦 1年の私♪



その後 Atmung、 呼吸。



息を吸った時、肋骨が後ろに開くように呼吸しているか?



子音を発音したとき、肋骨の後ろの部分が動くか?



身体の後ろの部分を意識するために 息を吸い、吐きながら後ろ向きに歩く、
そのときに 真ん中にあわせた腕を左右に強く引くように広げる




Frau Seiler も 声を出すときはは Brustkorb = 肋骨を後方に広げる っていう唄い方に
持って行こうと 指導してくれているのだけれど



力を入れて 腕を左右に引くのには あたしは受け入れられないよ・・・・・





楽器を思い浮かべてみてくださいね、 どれも硬く響くものに呼応して それがその楽器独特の
音色となって 空気の中へ放たれていきます。



人間の場合、 響く部分は 骨、です。


骨に響いて その人それぞれの音色が生まれます。


響いている部分に 力を加えると・・・・響きはなくなります。




響いている骨に 力を加えると(筋肉を硬くしまうと)  響きは生まれません。




私が支持しているウィーンの教授の一派の考え方は、 


歌を唄うとは 普通に生きている、生活しているのと身体の使い方、息の使い方は
なんら かわりがないんだよ♪



というものです。



なので レッスンもとても独特です。



私が彼女につき始めたばかりの頃は とにかく要らない力を抜く、ことばかりの日々でした。


歌は 力ではなく、 その人の身体の中に流れている 必要なだけのエネルギーを持って
唄うのですね。



彼らの一派のレッスンを受けると 声に色が生まれ、

まるで 空気というキャンバスに 自分の色彩豊かに変化する声で
絵を描くかのような 歌を唄うことができます。


それは 筆舌に尽くせません。





ま、この授業、


納得できる部分だけしっかり聞いておいて あとは 真剣に聴かないようにしよう・・・・・





この日の合唱は EG 70 の賛美歌



手を使って 合唱参加者に音程を指示してみる



のが課題。



Fが基本の音、 それをだいたいおへその位置として そこから 上へ


G A H C・・・・・



と音程を仮定し 音符を見る事無く 楽譜どうりに 歌を歌っていくことは可能か?




これが結構難しかった。



楽譜 初見なんで メロディーラインがわからず、 

しかも 楽譜ばかり見ながら指示していると Frau Seiler から



むかっ「なんで 楽譜ばっかり見とるの?!」むかっ



とお叱りの言葉が飛ぶ~



合唱指揮者、指導者なんで 歌い手さんのほうをキチンと向いて 指示していかないといけない、

っていうことなんですけどね。



練習 練習 繰り返し 繰り返し~♪



しんどいながらも楽しい実技 音譜



お昼をはさんで 

聴音と Orgelkunde =オルガン構造学 について の授業。



14時からの聴音は 金曜日にやった課題の Mollバージョン と リズム





15時から 本日がはじめてのオルガンの構造学、 
先生は Godfried Braun 先生。

テストのときは オルガンのそばにいらっしゃいました。



つぶやくような話し方、 優しげな温かい声質・・・・・ 晴れ



昼下がりのこんな授業は お決まりのパターンですね、

起きているのが必死でした  目




がんばれ 私!