インターネット上で 「敬老の日」の広告が目に付くようになりました。
私のアドレスにも敬老の日のプレゼントのご案内が届いてます。
あ~ そいうえば ばあちゃん・・・・いなくなっちゃったんだ・・・・・・
何か ぽっかりと空洞が明いたような気分。
ネットの普及で 敬老の日とおばあちゃんの誕生日をかねて、毎年プレゼントを贈っていたのが、今年は ソレをする必要がない・・・・・・・
遠く離れていて滅多に会ってなかっただけに 今でも日本で当たり前のように
息をしているような気がするけど、
こんなイベントがあるごとに ふと~
「ばあちゃん、本当に死んじゃったんだなぁ・・・・」と思う。
最も彼女の死後、彼女がいかに私の人格形成やものの考え方に深く影響を与えていたのかってことに気がつく。
意地を通すところ、気位の高さは まさに彼女譲りなんだろうなぁ・・・
ばあちゃんと違うのは 自分で言うのもなんだけど 気位だけじゃなく
ちょっとだけ実績も伴ってるってことかな???
じいちゃんと川の字になって寝て、毎晩読み聞かせをしてくれた「日本の昔話」という本、
日本に帰るとまだ大事に取ってあるので 必ず子供達に読み聞かせてあげてるよ。
りかちゃん人形の服も 夜なべをしながら作ってくれたっけなぁ~
自分、子供にそんなことまでしてあげてないよ・・・・・
そう、彼女は特別に私を愛してくれてたと思うし、振り返ってみると 彼女に愛されるように生きてきてるような気がしないでもない・・・・・
もう一人のばあちゃん。
全くタイプの違う すっとぼけた人だった。
長野県の田舎に住んでいる母方のじいちゃんとばあちゃんの家に遊びに行くと
日が落ちて だんだん夕闇が空を覆ってくる頃に 遠くのほうから
ぴ~ぷ~♪
ってラッパ鳴らしながら豆腐屋さんがやってきて ばあちゃんが水の一杯入ったボールを持って下駄で玄関先へ駆けていき、豆腐屋さんのオートバイの荷台につけられた入れ物からお豆腐を出して入れてもらったあのなんともワクワクした気分を思い出す。
夏休み、近所の店屋に行って
「おくんなんしょ」
って言いながら店に入っていく あののんびりとした時間の流れ~
実家のある商店街とは打って変わった あの田舎の生活。
なにもかもが美しいやねぇ~
ほんに・・・今年は2人のばあちゃんをいっぺんに亡くしてしまったよ。
ありがたいことに 母方のじいちゃんがまだ95歳で元気でがんばっててくれてますよ。
思い出の中で語り合うようになる前に 彼からはまだまだ語り合って吸収したいことが
山ほどある。
ますますお元気で、ぜひ来年も再びお目にかかりたいものです。