昨日は 幼稚園で一緒にクラス委員をしているSandraのご招待を受けて 子供達と一緒に遊びに行ってきました♪
初めての訪問、ということで 水仙の鉢植えを 近所のガーデニングセンターBrockmeyer
さんで買って行きました。
僕ちゃん、どうやらそこで帽子を忘れてきてしまったようです。
今朝、幼稚園に行く時に ソレに気がついた私達・・・・・
落胆の色が隠せない私・・・・
ウィーンでお土産に買って来た 極々新しい帽子だったの。
とても 「仕方がないね」 とはいえなかった。
今週 幼稚園はオースター(イースター)週間で、月曜日から特別プログラム。
月曜日に引き続き 今日も 私は「歌、音楽」のお手伝いに幼稚園に行ってました。
それが終わって11時、とまだ子供達をつれて帰るには時間があったので
後ろ髪を引かれ Brockmeyerさんに帽子を探しに行ってみた。
あったらラッキー☆ ないのが (割と)当たり前なのだから・・・・・
車を止めた辺りをぐるっと探したけど、ない~
受付にいたおばさん、親切オーラがあふれている~ 幸先良いぞ!
早速 聞いてみた~
「昨日 息子が彼の帽子をここで落としたかもしれないのですが・・・色は黒です」
おばさん「あはぁ~!! じゃあ ちょっと見てみましょうね~・・・・・
あらぁ~!!なにやら黒いものが一番上にみえるわ!!もしかしたら もしかするわよぉ~!!」
と黒い物を手に戻ってきてくれた。
飛行機のワッペンがついた黒い帽子!!
HULA~!!!あったぁ~!!!
○さん大喜び!!
日本でも各家庭によっていろいろな差があると思うけど、私は 物を大事にしなさい、
ってこと、ものすごい言われて育ってきたんだろうし、骨身にしみているんだと思う。
全然関係ないけど、
自分が小さい時 お母さんから「ご飯粒をご飯茶碗に残さないように食べなさい」ってこと、いつも言われてた。
だから 子供達にも「お茶碗にまだご飯つぶ ついてるよ!」と 綺麗に食べさせてる。
コレ、子供は 三つ子の魂、で すでに身につき始めているんだけど、問題なのは
パパさん、あるいは Oma、Opa。
どうやら 私の極身近にいるドイツ人は 「綺麗に残さず食べる」ということに
たいして道徳の重点を置いていないらしい。
一度主人に聞いたことがあるけど「え?ご飯茶碗についている米粒?別に罪悪感とか
もったいないとか 綺麗に食べよう、とか 感じませんね~」
といっていた。
それでもパパさんは きちんとご飯粒など 食べることに協力してくれてます。
日本人を妻に持った男として よく日本人妻と 日本の習慣を理解してくれていると
感謝してます。
でも さすがにOmaやOpaには言わない。
彼らがうちに来て、片付ける時に
皿に一杯 ご飯粒を付けたままのお皿を下げる私は そのたびにものすごい罪悪感にさいなまれる。
僕ちゃんの帽子のことで ちょっと考えた。
パパさんからも ちょっと指摘を受けることがある。
「脅さずに 罪悪感を受け付けずに 子供を育てましょうね。」
夜は人さらいが出るから外に出てはいけない、とか
暗闇には お化けがいるから怖い、とか 私はそんな風に育ってきたと思う。
物を大事にする、とか 米粒を残さない、っていうのは
「物の中にいる神様」や「お米の中に住む神様、あるいはお百姓さん」
を恐れ敬うこと心を植え込まれてきたのかな?
神道に基づいた考えが 自分の中にはものすごい定着している、
そして それが 自分の希望する子育てとドイツでの子育てでの考え方と反している、
と感じることが多々ある。
子供達には 罪悪感や恐れから、じゃなくて たとえば、物を大切にすること、とか
ご飯粒を残さず食べることのポジティブな解釈を植えつけてもらいながら育ってていくことは できないんだろうか?
しかし わかっていっても 実践することは難しい。
なぜ?自分はそう育ってきてしまっているから。
母親になってみて 悲しいことは、自分が当時 反抗してきた母と 同じ事を
子供達に やっていることや言っていること。自己嫌悪・・・・・
そういうことだと、自分の母も、そのまた母も 同じ事を繰り返しやってきた、
ということになるんだろうか?
でも、そう気がついたのだったら その悪循環を断ち切ることをしていかないと!
って 罪悪感からじゃなく 思える自分になれるといいかなぁ~
う~ん、むずかしっ!!