第4アドヴェント☆クリスマスリースの意味 | Kantorinになる!

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教会音楽家がとうとう職業になってしまうのか?
どこへ行く、自分?

いよいよ アドヴェントも架橋、第4アドヴェントの日曜日を迎えました。

ラ行変格活用♪C-Scheinへの道のり




12月19日 日曜日の日曜集会は 息子の通っている幼稚園主催の 



Familiengottesdienst=家族のための日曜集会



が 幼稚園の付属している教会で行われました。




「この冬は1※※※年ぶりに冬らしい冬らしいぞ!」 という うわさに違わず

ドイツは 連日に次ぐ連日の雪 雪




ドイツでは 雪かきが義務 (雪かきをしていない家の前で 人がすべって怪我をしたら 雪かきをしていなかった家の人の責任となり 裁判にかけられます汗) なので

朝は早くから 晩は普通だったら寝静まって静かな時間まで 雪かきシャベルが雪をかく音が聴こえてきます。





日曜日は そんな足元の悪い中でも 毎度の日曜集会とは比にならないほどの人たちにあふれかえった
(幼稚園の園児、園関係のファミリー、親戚) にぎやかな日曜集会となりました。




この日の日曜集会のテーマは



Wir tragen dein Licht 私達は貴方の明かりを運びます





この日は 幼稚園の来年一年生に入る園児達が このテーマに基づいた寸劇を披露してくれました。






12月24日の夜  羊飼いの Simon は 夜の暗闇の中、 彼の一匹の羊を見失いました。
 

Simon は 4つのともし火を持って 暗闇の中を彼の羊を探しました。


Simon は その途中で 泥棒に出会いました。
彼はたった一人 暗闇の中でおびえていました。
Simon は 彼の持っていた4つの明かりのうちの一つを その泥棒にあげました。
その泥棒が 再び 自分の人生を明るく照らせるように・・・・



次に Simon は 傷ついた狼にあいました。
Simon は 狼の怪我を手当てして 3つの明かりのうちの一つを 狼にあげました。
早く傷がよくなるように と・・・・




Simon は次に 物乞いにあいました。
おなかがすいて 寒さでふるえていた物乞いに Simon は 残り2つのうちの1つの明かりをあげました。
彼の身体と心が温かくなるように。



Simon は 彼の羊を探しました。

彼の持っている 一つの明かりは だんだんと弱くなっていきます。


すると その時 どこからか すばらしい音色が聞こえてきました。
Simon は その音色を頼りに 歩いていきました。



その音は 薄暗い家畜小屋から響いていました。
Simon は その小屋で 彼の見失った羊を見つけました。

そして そのそばには 小さな赤ちゃんが飼い葉おけの中に眠っていました。



Simon は 彼の持っていた最後の明かりを その赤ちゃんにささげました。








というお話です。
眠っていた赤ちゃんは もちろん  イエス キリスト ですね。



ラ行変格活用♪C-Scheinへの道のり








この劇の後に Pastor Gleiring から お話がありました。



「このお話ですばらしいことは  Simon が たった一人で 暗闇の中を羊を探しに行く、その勇気です。



Simon は 寂しい泥棒に 彼の明かりをプレゼントします。

ここにいる子供達の中で 泥棒に面と向かってプレゼントを渡せる勇気のある子は いるかな?

なかなか 難しいことだね。



Simon は 次は狼、 次は 物乞い と 次ぎ次に 彼の明かりを渡していくね。

そして最後に 彼は 赤ちゃんに出会います、 イエス キリスト だね。

Simon は 暗い家畜小屋が 明るく照らされるように、 赤ちゃんが寒くないように
彼の持っていた最後の明かりをプレゼントします。




Adventkranz (クリスマスリース) は アドヴェントごとに 一つづつの蝋燭に明かりを灯していきますが



それは 



イエス キリスト が 生まれる日に向かって だんだんと世の中が明るくなっていく

世の中の人が幸せになっていく という 喜びの予兆であって



4つの蝋燭で明るく照らされた世界は 
イエスキリストの誕生日によって 明るく照らされ、


イエス キリストが 世界を みんなの未来を 
明るく 温かく照らしてくれている、




ということなんですよ」





とお話してくださいました。




なるほど~ Adventkranz クリスマスリース には そういう意味があるのですね。






この日の Vater Unser、 


どのファミリーのご両親も、おじいちゃんも おばあちゃんも 
動いていない口の人はおりませんでした。



私は まだ 言えないので しっかり観察させていただきましたよ。




前回の 幼稚園の Familiengottesdienst は Ostern=イースター だったので
その頃は 今ほど キリスト教のことを 深く強く意識していたわけじゃなかった自分でした。



こうやって意識して周りを見回すと どっぷり キリスト教徒の中で生活している自分に
気がつきます。


普段の日曜集会は まるきり人がいないので 自分がキリスト教のことを勉強し始めてから
こんなにたくさんの人が Vater Unser を唱えているの、


初めて見たのではないかしら?


あまりの迫力に 鳥肌たっちゃっいました ヒヨコ 





とても 心温まる日曜集会でした。

ほんと 寒さもぶっとびました♪