乾くるみ『ハートフル・ラブ』。『イニシエーション・ラブ』からの犯罪小説的発展形の傑作短編集。 | 書物と音盤 批評耽奇漫録

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乾くるみ『ハートフル・ラブ』を読みました☆


タイトルからもわかる通り、乾氏の「イニシエーション・ラブ」路線の延長線上にあるひっくり返しミステリばかりを集めた短編集です。


夫の余命
同級生
カフカ的
なんて素敵な握手会
消費税狂騒曲
九百十七円は高すぎる
数学科の女


7つの短編所収ですが、この中の「同級生」と「なんと素敵な握手会」は、前に書いた、どんでん返し系ミステリ短編のアンソロジーに収録されていたので先に読んでました。


アイドルの握手会をミステリにした「なんと素敵な握手会」は、まさに「イニシエーション・ラブ」を軽いショートショートにしたような最後の一行ひっくり返し短編の秀作。


「夫の余命」(日本推理作家協会賞候補)は、突然余命宣告を受けて、結婚を決意した夫婦を時間を遡って描いた短編ですが、皮肉な逆転トリックによる非情な幕切れとなっているところに「セカンド・ラブ」をさらに捻ったものを想起させますね。


「消費税狂騒曲」は消費税計算が犯行に影響するお話、

「九百十七円は高すぎる」は憧れの先輩女子が口にした917円という金額が、何の金額なのかの謎をめぐるミステリ。


「カフカ的」とこの中ではちょっと長めの書き下ろし中編「数学科の女」は途中犯罪小説的になる、ちょっとピカレスクな味わいの作品。


「カフカ的」は、途中、交換殺人の話から犯罪小説的になってからの展開が面白く、最後に意外な結末が待っている秀作短編。


「数学科の女」は、大学生の主人公が実験実習グループの紅一点の美人に惚れているが、女性との交際経験がなく、他のメンバーも彼女を狙っていると知り諦めていたのに、その美人から「二人で会いたい」と誘われというお話ですが、長さからいっても、これぞまさしく「イニシエーション・ラブ」「セカンド・ラブ」からの流れを汲む、ピカレスクなファムファタール系犯罪小説的発展形の傑作ミステリという感じですね。


ここにも「セカンド・ラブ」的な着地を見せながら、そこからちょっとサイコなオチに持っていく捻り技が最後に効いています。


こんなお話ばかりなのに、本のタイトルが『ハートフル・ラブ』になっているところがこれまた何とも皮肉で。


「イニシエーション・ラブ」のインパクトが大きいので、どうしてもその後それ以上の衝撃度の作品にならないと、ミステリ好き以外の、インパクトだけ求める読者層にはあんまり響かないところがありますが、しかしながら、これは「イニシエーション・ラブ」のちゃんとした芸のある発展形にして、乾くるみ氏らしい緻密な出来の短編が集積している、中々の傑作ミステリ短編集だと思いました☆