和久峻三『雨月荘殺人事件』☆裁判の公判調書から読者が推理するどんでん返し異色法廷ミステリの名作 | 書物と音盤 批評耽奇漫録

書物と音盤 批評耽奇漫録

本や音楽他のレビュー中心

 

和久峻三『雨月荘殺人事件』(1988年)

 

2018年に亡くなった「赤かぶ検事」シリーズで有名な和久峻三さんの、法廷ミステリ作家としての出世作にして、推理作家協会賞受賞作。

 

美貌の女性資産家が、自身所有の長野県の高級旅館・雨月荘の剥製標本室前で首吊り死体にて発見される。

 

当初は自殺かと思われたが、ある証拠から殺人が疑われだし、ついには容疑者としてその夫が逮捕される。

 

夫は財産目当ての結婚ゆえにかなり容疑が濃かった…。

 

そこから、この殺人および死体遺棄事件の裁判の記録を、事件を担当した元裁判官を講師にした「市民セミナー」篇の講義に沿って読み進める法廷ミステリです。

 

つまり、「市民セミナー」篇と「公判調書」篇の2部(2冊)から成り立ち、公判調書篇には起訴状や公判調書に証拠等関係カード、または実況検分調書や証人尋問調書、被告人供述調書に勾留状、解剖結果報告書から逮捕状、弁解録取書、供述調書に鑑定書などなどの書類が収録されていて、それを市民セミナー篇をガイド本にして読み解いていくスタイルですが、最後の解決篇は3つの袋とじになっています。

 

だから読者は、まるで実際の裁判記録に生で接しつつ、裁判員制度の裁判員に選ばれたかのような参加意識で読みながら事件を推理し、最後はミステリらしい大どんでん返しを食らうという作品です。

 

謂わば、弁護士作家だった和久峻三氏が法律知識の講義のような形式で書かれた、究極の裁判ミステリと呼ばれる作品ですが、あとがきにあるように、これは80年代後半にベストセラーになった、調書や現場写真、手紙や電報、犯罪者記録、証拠物件などの捜査資料を読みながら読者が推理する捜査ファイル・ミステリ、デニス・ホイートリーの「マイアミ沖殺人事件」から連なるシリーズ作の日本版というわけで、この本を出している中央公論社から和久氏に持ち込まれた企画から生まれた作品なのですが、それを見事な異色法廷ファイル・ミステリに仕上げている名作です。

 

途中までは裁判の記録を、わりと快調に読み解いていくことに徹せざるを得ないのですが、最初の袋とじ①にて裁判の判決が下るところで、ちょっと意外な結末となります。

 

まあ人によっては、これを意外とは思わないかもしれないですけど、でもこれはこの小説の結末ではありませんでして、あくまでも裁判の判決の、わりと現実的な結果でしかありません。

 

市民セミナー篇の袋とじ②では、この判決結果に関する解説が語られています。

 

しかし事件はまだまだ解決しておりませんでして、そこから判決を不服とした側が控訴し、裁判は次なる東京高等裁判所に持ち越しになるんですけど、その結果を語る袋とじ③では、市民セミナー参加者が裁判で明らかになった事件の真相と真犯人を推理し、大どんでん返しの結末を当てる形式になっております。

 

だから最後はきっちり伏線がバンバン回収される、本格ミステリにちゃんとなってるわけですな。

 

そんな中々愉しみ豊かな趣向が凝らされた、異色法廷ファイル・ミステリの名作です。