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私の目的は、別にスキル上げってワケじゃない。
正直な所、殴り合いがしたいのだ。それも、お腹を。
お腹を殴ったり、殴られたり、したい。
―――知的探究心ではなくて、あくまで性的欲求として。
でも残念ながら、現実世界【リアル】でその欲求を満たす事は困難を極めていた。
画像や動画、はたまた自分でボールをお腹に落としたり、と
ありとあらゆる手段で満たそうとはしたけど・・・今ひとつ物足りない感があった。
そんな時に目をつけたのが、この仮想現実【ヴァーチャル】のゲームだ。
匿名性を保ちつつ、かつ限りなく現実に近い形で欲求を満たせる。
しかもその性質上、肉体へのダメージを考える必要がない。
当然の事ながら、ゲームなので身に危険は及ばないのだ。
「・・・ホラ、どっからでもかかっておいでヨ?」
一見、傍から見れば森の中のタイマンだが、これもゲームに過ぎない。
なんて便利な世の中になったんだろう、と思う。
レベル差から、彼女は防具を自ら外してハンデをくれている。
初期アバターの様に、まるでタンクトップの様な上着は胸の下までしか丈がなく、
下半身は半ズボンのような服装だ。
そんな彼女は余裕の表情で構えたまま動かない。
遠慮なく私は距離を詰めた―――。
シュン・・・パパパ、パンッ
「・・・っとぉ!?」
ダッシュスキルを使って一気に懐に潜り、素早いパンチで奇襲を掛けたつもりだったけど・・・
あろうことか、全てパリィングで弾き落とされてしまった。
(でも、それは囮・・・本命は、コッチ!)
・・・ドシッ!
「ッッッ!?」
顔面への拳打から一転、私の拳はお目当てのボディ・・・
そのキレイに割れた腹筋へと突き刺さる・・・ハズだった。
私の拳は彼女の褐色の腹筋を、凹ませる事すらできず、その表面で止まる。
「へへ・・・そんなノーマルなパンチじゃ、VIT型のアタシには効かないよ?」
慌てず、私は一旦距離を取る。
が、スウェーバックしたはずなのに、彼女との距離は離れない。
「じゃぁ、今度はこっちからいくよッ!」
私は咄嗟に、腕を眼前で交叉し、ガードの姿勢を取った。
・・・ズムンッッ!!
「ッッッ!? う・・・っは・・・」
(え・・・腹?)
アルカの拳は、ガードしている腕ではなく
ありがたい事に、私のお腹を貫いていた。
彼女のSTR値は私のVITを上回っている様で、自慢の腹筋も半分程陥没してしまっている。
「へっへ~お返し♪ まだまだ行くよッ」
まったく、このゲームの制作者には頭が上がらない。
ゲームとはいえ、相手の肉を打つ時には、拳にその感触が。
そして打たれた時には、その部位にちゃんと感触がフィードバックされている。
たしか脳波がどうこう、って誰かが言っていた気がする。
ただし、実際の痛みは無い。こうして呻き声が出てしまうのは、ただの条件反射だ。
私が脱帽しているのは、お腹を殴られたと脳に誤認させ得るまでに
その感触がリアルな事に対してだ。
ドッ、ドッ、ドムッッッ
「ふっ、うっ、くふッ!」
(制作者も相当のフェチだったんだ、きっと・・・)
腹部にめり込む拳の感覚を味わっている内に、2発、3発と続けざまに腹部を穿たれる。
でも、私は敢えてガードを下げない。
痛みが無いのに、息苦しさだけが在るというこの仮想世界独特の感触に
私は陶酔してしまっていた。
自分の体力ゲージが徐々に減っていっている事には目もくれない。
ただ、あまりにも一方的だと怪しまれるので、反撃を試みてみる。
相手の打ち終わりを突いて、フェイントを散らして、スキル攻撃―――。
パンパン、パパンッ、ずしんッ!
「おぅっふッ・・・ちょ、無詠唱の虎砲って・・・どんだけ!」
掌底突きが、アルカの体をノックバックさせる。
今度は手応えがあった・・・その証拠に、彼女は片手でお腹をさすっている。
このスキルは相手のDEFやVITを無視して、一定ダメージを与える事が出来る。
高レベルになればなるほど、その発動時間【ディレイ】は短くなるのだ。
通常、この世界でスキルを出す方法は2通りだ。
一つは、特定の動作を取る方法。構えや、攻撃パターンで、自動的に発動する。
もう一つは、スキル名を声に出す方法。魔法等の詠唱もこちらの部類だ。
前者はある程度のコツが必要になるが、体術一筋の私には造作もない事だ。
(動機は・・・不純だけどね・・・w)
ひとりごちながら、私は再度、彼女の領空へと侵入した。
跳躍からの、飛び蹴り。なんて名前のスキルだっけ・・・お腹に関係しないのは、忘れた。
が、流石にこれは避けられる。このスキルは発動後の隙が、大きい。
着地してコンマ数秒固まっている所で、横薙ぎの蹴りが私のわき腹にヒットした。
ドゴォッ
「ぁぐッ!」
・・・ガシィ!
「!?」
とてつもない衝撃にたたらを踏むが、そのままアルカの足を抱え込むようにキャッチ。
こうしてしまえば、お手の物だ。とっさにガードを固めるがもう遅い・・・
キレイなお腹が、丸出しだ。
ドドドドド・・・・・・
「フッ・・・・くッ・・・」
空いた方の手で、ボディを連打する。
しかしやはりめり込みは無い・・・
(ほんとはもっと、奥まで食い込ませたいのに・・・だったら!)
掴んだ足でそのまま振り回し、手頃な木へと投げ飛ばす。
アルカは受け身もとらず、そのまま大木へ背中から叩きつけられた。
硬直で身動きが取れずノーガードな内に、追撃に移る。
ガッ! ゴッ! バキッ! ドスッ! ドゴッ!
「くっ・・・グッ・・・ぶっ・・・ンッ・・・ふぅッ・・・」
顔に腹に、ラッシュをかけるが、どうにも相手の体力ゲージは1mmも減らない。
とっくに硬直は解けているハズなのに、アルカは笑みを浮かべながら余裕で打たれるがままだ。
ちょっとだけ、イラっとした。
「余裕ぶってられるのも、今の内なんだからっ・・・くらえ、五月雨【さみだれ】!!」
詠唱したスキルは、超高速の連撃だ。ハイスキルとあって流石にディレイ無しで使えるまで昇華できてない。
故に、アルカは咄嗟にガードを固めた。
ガゴゴゴゴ・ドムドムッ・バキッ・ドドドド・ズシッ・ドンドンドンッ・ドボァ!
「あ・・・ぐ・・・ウッッ・・・へへ・・・全然、効いてな・・・ふぐッ・・・んんうッ!?」
全弾命中・・・少なくとも、命中させたい部位に関しては。
というのも、ガードが高くて腹がガラ空きだったから。
(それにしても、なんて堅い腹・・・この技でも全部めり込まないって、どんだけVIT振ってるのよ・・・)
「・・・ふぅ。もう終わり?」
「え?」
かろうじてめり込みを見せた打ち終わりのボディアッパーで、腹筋の感触を味わっていたからか
不意にかけられた言葉に反応しきれなかった。
だから・・・対応が致命的に遅れた。
ドッムン!!
「うッッ!」
体が浮き上がる程の、ボディブロー。条件反射的に、目を見開いてしまう。
スキルの打ち終わりの為、防御無視効果が乗ったんだろう。
恐る恐る、自分のお腹を確認してみる。
(うわ・・・えげつないくらい・・・入ってる・・・ぅ・・・)
もし現実世界で喰らっていた、この一撃で悶絶必死だったんじゃないだろうか。
たった一発で、私の体力ゲージはごっそり削られ、更にスタンに落ちいった。
それでもアルカは拳を上向きに突き入れたまま、抜かずに続ける。
「へへ、結構いいパンチだったけど、全然効かないよ・・・今度は、コッチの番♪」
アルカは自身が磔にされていた大木へ、動けない私の体をもたれかけさせる。
両腕すら動かないので、だらしなくだらんと垂らしたままだ。
まさに、なされるがまま。
だというのに、私の心臓は、恐らく『NEXPEDIA』の警戒ラインギリギリまで鼓動を早めた。
「ごめんね、このスタンスキル、LvMaxなんだ♪」
好きなだけ打てばいいよ・・・いや、打って下さい。
「・・・・・・顔でも、腹でも、お好きにドーゾw」
できれば、腹で。
「もの解りがいいね・・・フンッ!」
ドブンッ!!
「ふっウ”・・・!!」
渾身の溜めを作ったボディブローが、腹にめり込み後ろの大木を揺らす。
臍のあたりに、もう一発。
ドズッ・・・!!
「うぐ・・・ぉ・・・」
「へへ・・・もうちょっと、VITに振った方がいいんじゃない? こんなにめり込んじゃってるよw」
すぐに拳を抜かずに、まるで弄ぶかの様に腹を蹂躙される。
実はすごく、どストライクな責め方だ。
にしても、おかしい・・・いくらLv差があるといっても、
腹筋のエフェクトが割れるまでのそこそこなVITがあるのに。
彼女の褐色の拳は、それを掻き分けて丸々埋まり切ってしまってる。
ドムッ、ドムッ、ドムッ!!
「ウッ、ウッ、ウゥッ・・・」
(確かにスタン状態ではDEFは半減するけど、まるでこれじゃぁ・・・ッ!?)
「ご明察。この【アブスデストラクション】ってスキルはね、
スタンさせると同時に一定時間、相手のDEFを無効化できるんだ・・・アタシの固有スキルさ。」
因みに、継続時間は60秒、との事だ。
・・・なんて羨ましいスキルなのか!
ユニークスキルでなければ、是非習得したいものだ。
それにしても・・・
ドッボァ!
「ぐぅえッ! ・・・げほ、げほ・・・な、なんでお腹・・・ばっかし・・・」
フルスイングのボディアッパーを叩きこまれながらも、私はつい聞いてしまった。
彼女は暫く考え込む素ぶりを見せると、やはり拳を抜かずにあっけらかんと言い放った。
「だって、PKとはいえ、女の子の顔を殴るのは・・・ねえ?」
「・・・そ、そりゃどーもw」
まあ、願ったり叶ったりだ。
なんだ・・・最初から、ガードを高めにして腹を打ち易くする必要はなかったんだ。
「さて、と。時間も無いし、耐えれるもんなら、耐えてみてねッ!」
ぞわわっ。
私は身震いする。怖さは、ない。むしろこれは歓喜の震えだ。
顔、大丈夫かな・・・ニヤケちゃってないかな・・・
ドスドスドスドス・・・ズムッズムッボムゥ!
「うぅ~~~~っっ、ふ・ぐ・ぉぅふッ!」
ズドッズドッズドッズドッ・・・
「ウッ・・・ウッ・・・ウッ・・・ウッ・・・」
小刻みなジャブやストレートの連打、フックにアッパー、ひざ蹴りまで織り交ぜて
私の腹はボコボコにされた。