なぜ人は他人の人生を監視するのか | なぜか、全部おかしい

なぜか、全部おかしい

SNS、承認、成功、労働、AI。普通に見える社会の中で、なぜか消えない違和感を静かに観測しています。

他人が気になる。

何をしているのか。

どこへ行ったのか。

誰といるのか。

何を買ったのか。

どんな生活をしているのか。

気づけば見ている。

ここに一つの違和感がある。

私は昔、

不思議だった。

なぜ人は、

そこまで他人に興味を持つのだろう。

芸能人。

インフルエンサー。

同級生。

元恋人。

会社の人。

知らない誰か。

SNSを開けば、

無数の人生が流れてくる。

そして私たちは見る。

私は長い間、

この現象を観察していた。

そして気づいた。

人は他人を見ているようで、

自分を確認している。

ここが重要だ。

例えば同級生。

結婚した。

転職した。

家を買った。

子どもが生まれた。

その情報を見た瞬間、

脳は比較を始める。

自分はどうだろう。

自分は遅れていないだろうか。

自分は大丈夫だろうか。

つまり、

他人への興味ではない。

自分の位置確認だ。

私は団地を歩きながら考える。

昔は、

他人の人生が見えなかった。

近所の人。

職場の人。

それくらいだった。

しかし今は違う。

世界中の人生が見える。

毎日見える。

24時間見える。

だから比較も増える。

不安も増える。

焦りも増える。

面白いことに、

SNSは人生のハイライトが流れる。

旅行。

成功。

結婚。

昇進。

楽しそうな瞬間。

だから見ている側は錯覚する。

みんな上手くいっている。

みんな幸せそうだ。

みんな充実している。

すると、

自分だけ取り残された気がする。

市場から見ると合理的だ。

他人が気になる人は見る。

見る人は滞在する。

滞在する人は広告を見る。

だから他人の人生は流れ続ける。

私は最近、

人間は本来ここまで多くの人生を見るようには設計されていない気がしている。

近しい人だけで十分だった。

比較相手も限られていた。

しかし今は違う。

無限の人生がある。

無限の成功がある。

無限の比較がある。

だから疲れる。

だから気になる。

だから見続ける。

少し不思議だ。

他人の人生を見ている時間が増えるほど、

自分の人生を生きる時間は減る。

それでも見てしまう。

なぜなら、

自分の位置が気になるからだ。

なぜ人は他人の人生を監視するのか。

それは他人が好きだからではない。

自分が不安だからかもしれない。

そして私たちは今、

他人の人生が無限に流れ続ける社会で生きている。

問題は、

あなたの好奇心ではない。

問題は、

比較と確認が終わらない構造なのかもしれない。


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SNS。

承認。

成功。

労働。

AI。

なぜか全部おかしい。

そんな違和感を感じたことはありませんか。

なぜSNSを見るだけで疲れるのか。

なぜ成功しても満たされないのか。

なぜ真面目な人ほど消耗するのか。

私はその違和感を観測し続けています。

ブログでは書けない観測記録は、

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観測者K

なぜか全部おかしい。

その違和感を静かに観測しています。