追われている。
そんな感覚がある。
仕事。
連絡。
家事。
勉強。
SNS。
予定。
やること。
終わらない。
本当に忙しい日もある。
しかし、
不思議なのは暇な日でも追われていることだ。
今日は予定がない。
それなのに落ち着かない。
何かやらなければいけない気がする。
ここに一つの違和感がある。
私は団地を歩きながら考える。
昔から人は忙しかった。
農作業もあった。
仕事もあった。
子育てもあった。
しかし今とは少し違う。
現代人は、
時間ではなく意識を追われている。
ここが重要だ。
例えばスマホ。
便利だ。
しかし常に連絡が届く。
通知が来る。
ニュースが流れる。
SNSが更新される。
世界は止まらない。
だから脳も止まらない。
私は長い間、
この違和感を観察していた。
そして気づいた。
現代社会は、
暇を許さなくなっている。
電車を待つ。
昔なら空を見る。
今はスマホを見る。
食事を待つ。
スマホを見る。
寝る前。
スマホを見る。
起きた直後。
スマホを見る。
つまり、
常に何かへ接続している。
面白いことに、
現代人は休んでいる時ですら情報を受信している。
身体は止まっている。
しかし脳は働いている。
比較する。
判断する。
反応する。
考える。
だから疲れる。
私は最近、
本当に追われているのか考えることがある。
締切に追われているのか。
他人に追われているのか。
それとも、
「何かしなければならない」
という感覚に追われているのか。
少し不思議だ。
現代社会は自由だ。
しかし同時に、
常に生産性を求める。
休んでいても、
勉強した方がいい気がする。
遊んでいても、
有意義なことをした方がいい気がする。
何もしないと、
少し不安になる。
すると人は動き続ける。
市場から見ると合理的だ。
動く人は消費する。
学ぶ。
買う。
反応する。
だから社会は、
常に前進を勧める。
しかし人間は機械ではない。
止まる時間も必要だ。
考えない時間も必要だ。
何もしない時間も必要だ。
私は最近、
追われている感覚の正体は、
時間不足ではない気がしている。
意識の占有だ。
常に何かが頭にある。
常に何かと繋がっている。
だから落ち着かない。
だから疲れる。
なぜ人は常に何かに追われているのか。
それは仕事が多いからだけではない。
私たちの意識が、
常に何かへ接続され続けているからなのかもしれない。
問題は、
あなたの要領の悪さではない。
問題は、
止まることが難しい構造なのかもしれない。
━━━━━━━━━━━━━━
▼ 静かな生存インフラ通信
━━━━━━━━━━━━━━
SNS。
承認。
成功。
労働。
AI。
なぜか全部おかしい。
そんな違和感を感じたことはありませんか。
なぜSNSを見るだけで疲れるのか。
なぜ成功しても満たされないのか。
なぜ真面目な人ほど消耗するのか。
私はその違和感を観測し続けています。
ブログでは書けない観測記録は、
「静かな生存インフラ通信」
で配信しています。
▼ 無料で受け取る
観測者K
なぜか全部おかしい。
その違和感を静かに観測しています。