頑張っている。
昨日より努力している。
勉強している。
働いている。
挑戦している。
本来なら、
安心してもいいはずだ。
しかし現実は違う。
頑張っているのに不安になる。
むしろ、
頑張るほど不安が増える。
ここに一つの違和感がある。
私は昔、
努力すれば安心できると思っていた。
結果が出れば安心できると思っていた。
収入が増えれば安心できると思っていた。
しかし、
そうならなかった。
目標へ近づく。
すると新しい不安が現れる。
結果が出る。
すると失う不安が現れる。
評価される。
すると期待に応える不安が現れる。
終わらない。
なぜだろう。
私は長い間、
この違和感を観察していた。
そして一つの仮説に辿り着いた。
現代社会は、
努力を終わらせてくれない。
ここが重要だ。
例えば仕事。
頑張れば評価される。
しかし評価されたら終わりではない。
さらに成果を求められる。
例えばSNS。
発信する。
反応が来る。
しかし反応が来たら終わりではない。
次も期待される。
例えば自己成長。
学ぶ。
成長する。
しかし成長したら終わりではない。
さらに成長が求められる。
少し不思議だ。
ゴールが見えない。
走り続けることが前提になっている。
私は団地を歩きながら思う。
現代社会は、
努力そのものを評価しているのではない。
継続的な努力を評価している。
だから止まれない。
休みにくい。
満足しにくい。
そして不安になる。
面白いことに、
不安な人ほど頑張る。
もっと勉強する。
もっと働く。
もっと調べる。
もっと準備する。
安心したいからだ。
しかし、
その行動がさらに不安を増やすこともある。
なぜなら、
もっと上が見えるからだ。
もっとできる人が見えるからだ。
もっと努力している人が見えるからだ。
すると、
まだ足りない気がする。
私は最近、
あることを考える。
本当に欲しかったのは、
努力の結果だったのだろうか。
それとも、
安心だったのだろうか。
もし安心が欲しいなら、
努力だけでは辿り着けない場所があるのかもしれない。
なぜなら、
努力は終わりがないからだ。
現代社会は、
常に次を提示する。
次の目標。
次の成長。
次の成功。
だから不安は消えにくい。
頑張るほど不安になる。
それは異常ではない。
むしろ自然なのかもしれない。
私たちは今、
努力が終わらない構造の中で生きているからだ。
問題は、
あなたの意志の弱さではない。
問題は、
走り続けることを前提にした社会の構造なのかもしれない。
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▼ 静かな生存インフラ通信
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SNS。
承認。
成功。
労働。
AI。
なぜか全部おかしい。
そんな違和感を感じたことはありませんか。
なぜSNSを見るだけで疲れるのか。
なぜ成功しても満たされないのか。
なぜ真面目な人ほど消耗するのか。
私はその違和感を観測し続けています。
ブログでは書けない観測記録は、
「静かな生存インフラ通信」
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観測者K
なぜか全部おかしい。
その違和感を静かに観測しています。