自由になれば幸せになれる。
そう言われてきた。
好きな仕事を選べる。
好きな場所に住める。
好きな人と繋がれる。
昔より選択肢は増えた。
間違いなく自由だ。
それなのに、
なぜか苦しい。
ここに一つの違和感がある。
私は団地を歩きながら、
よく考える。
昔の人は、
今ほど自由ではなかった。
働く場所も限られていた。
情報も少なかった。
生き方も決まっていた。
しかし今は違う。
何者にでもなれる。
どこへでも行ける。
何でも学べる。
自由だ。
それなのに、
不安は増えている。
なぜなのだろう。
私は長い間、
この違和感を観察していた。
そして一つの仮説に辿り着いた。
人間は、
自由そのものに疲れることがある。
ここが重要だ。
例えば進路。
昔は選択肢が少なかった。
今は無数にある。
例えば仕事。
昔は会社員が中心だった。
今は副業もある。
起業もある。
フリーランスもある。
投資もある。
AIもある。
選択肢は増えた。
しかし、
選択肢が増えるほど、
責任も増える。
何を選ぶか。
何を捨てるか。
どこへ向かうか。
全部自分で決める。
自由には、
決断が付いてくる。
そして決断には、
不安が付いてくる。
面白いことに、
現代社会は自由を与える。
しかし同時に、
正解も求める。
好きに生きていい。
でも成功しよう。
自由に働いていい。
でも結果を出そう。
自分らしく生きていい。
でも評価されよう。
少し不思議だ。
自由なのに、
見えないルールがある。
自由なのに、
見えない競争がある。
私はそこに違和感を覚える。
SNSを開く。
自由そうな人がいる。
好きなことで生きている人がいる。
旅をしている人がいる。
自由なはずなのに、
なぜか焦る。
なぜか苦しくなる。
それは自由が悪いのではない。
自由の中で、
比較が起きているからだ。
本来、
自由とは楽になるためのものだった。
しかし現代では、
自由そのものが競争になっている。
だから疲れる。
だから苦しい。
私は最近、
自由よりも安心の方が大切なのではないかと思うことがある。
どれだけ自由でも、
安心できなければ苦しい。
どれだけ選択肢があっても、
休めなければ苦しい。
自由になったのに苦しい。
それは異常ではない。
むしろ自然なのかもしれない。
私たちは今、
自由と不安が同時に存在する時代を生きているからだ。
問題は、
あなたの弱さではない。
問題は、
自由と競争が混ざり合った構造なのかもしれない。
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▼ 静かな生存インフラ通信
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SNS。
承認。
成功。
労働。
AI。
なぜか全部おかしい。
そんな違和感を感じたことはありませんか。
なぜSNSを見るだけで疲れるのか。
なぜ成功しても満たされないのか。
なぜ真面目な人ほど消耗するのか。
私はその違和感を観測し続けています。
ブログでは書けない観測記録は、
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観測者K
なぜか全部おかしい。
その違和感を静かに観測しています。