苦い雨は枯れた。 | KaNaDe#kohakuraのブログ

KaNaDe#kohakuraのブログ

ブログの説明を入力します。

シュークリームのような入道雲が、遠くの真っ青な空に悠然と浮かんでいる。
八月真っ只中の今。
私は、窓辺に座る。
珍しく蒸されるような湿度はなく、からっとはれてた今日。
開け放たれた窓からそよそよと吹いてくる風が、前髪を揺らした。
まぶしさに細めた眼。

「私は今日、死ぬはずだった」

生きる意味。
そんなもの、少し前まではなかった。
静かに訪れる時限爆弾。
解く術がないものは、現状を飲み込むしかない。
赤い線、青い線。
それを見つけ出して、的確に正しい方を切断したというのであれば。
神様の悪戯。
そう、だから私は、その神様と一生をともにすることにした。
悪戯が与えたのは、温度。
「おぉティア、ここにいたのか」
私の、名前。
彼の方を向いた。
頭をなでる、大きな手。
あれは、ほんの三ヶ月前のことだった……。

* * *

しとしとと鬱陶しく降る雨の中、私は一人で立っていた。
ここは、どこなのだろうか。
周りの景色から、公園であるのだろうことは見て取れたが、全く知らない場所だった。
だが、どうやってきたかもわからない。
たぶん、目が覚めたら、ここに居た。
捨てられたのだ、この場所に。
そう思った。
私は泣いた。
泣き続けた。
声が枯れるまで声を上げた。
でも、なにも変わらなかった。
外の道路を走る車。
傘をさして歩く人。
建物から漏れる明かり。
すべてが憎たらしい。
どれもこれも、冷たく冷えた心を切り刻む刃に思えた。
初めて、胸のここが痛くなるということを知った。
こんな事でしか、心の存在を知ることができないようだ。
そして、声は枯渇し、溜まっていた疲労が私を襲った。
近くのベンチに横になる。
喧騒は痛いほど耳に届くのに、こちらからはなにもコンタクトをとれないような世界。
言うなれば、マジックミラー。
それは、それだった。
もう、涙も落ちなくなった。
眠い。
瞼が自然と下がっていく。
広がる闇。
それは、外界よりも幾らかましだった。

目が覚めた。
東の空からは元気な太陽。
公園にはいくつものちらちらと輝く水溜まり。
昨日の雨が嘘のようだった。
だが、周りの世界は周りの世界でしかないようだ。
昨日と変わらず、走る車と歩く人は、私を見向きもしなかった。
ただ一人だけ、公園に遊びに来た児童が、そっと近づきにこようとしてくれた。
しかし、その親なのだろうか、汚いからと言って、その子を引っ張っていってしまった。
そんな日々が、数日続いた。

ある日のこと。
白いワイシャツを来たおじさんが、私に手を差し伸べた。
脂汗が額ににじんだ顔は、笑っているように見える。
彼は、どんな人間なのか。
敵か、味方か。
私にはわからなかった。

その日から、私は施設にはいることになった。
建物は、あの公園と違い涼しかった。
シャワーも浴びることができた。
そして何より嬉しかったことは、なにも気にせずとも、ご飯が食べられることであった。
感動して、久しぶりに泣いた。
あのおじさんは、こちらを見て微笑んでいる。
やっぱり、見方だったのかもしれない。
施設には、たくさんの、同じ身の上の者が居た。
だが、みんなやっていることは違った。
泣きじゃくる者。
怒って部屋をたたく者。
静かに寝ている者。
窓の外をぼーっと見ている者。
ただ、共通して言えることが一つ。
醸し出す雰囲気が、みんな同じだった。
静かに待っているようで、確かな重さを孕んでいる、それ。
何となく息苦しかった。
そんな中で、私には一人友達ができた。
隣の部屋にいる、同い年くらいの女の子。
彼女も、同じ公園で見つけられたということで、親近感もわき、すぐに仲良くなった。
ご飯も一緒に食べた。
夜には、一緒に夜空を見た。
だが、外の空は町の灯りの所為で、星の弱い輝きを消していた。
ここでも、空間を少し遮られてしまうとは。
少し悲しかった。

数日後、向かいの部屋と上の部屋の者が居なくなった。
聞くところによると、ワイシャツの男に、どこかへ連れて行かれたのだ。
ただ、私を連れてきた、あの汗かきのおじさんではないようだ。
なんかやる気のなさそうな、めんどくさがりのような感じのする男らしい。
とてもいやな感じがした。
そしてその日。
私の友達とは反対側の隣の部屋にいる者が、うつろに外を見つめ、吐き捨てるように言った。
「あ~あ、俺も後二日の命か」
「……えっ」
思わず聞き返してしまった。
「ん、あ~お嬢ちゃんは最近ここに来たんだったな」
「あ、はい。……あの、後二日の命っ」
「おーナイーブな質問してくれるじゃねえか」
すべて言葉を発する前に、返されてしまった。
片目を怪我してる上、低めの声だったので、いくらか圧倒される。
「ここはな、外でなにもできなくなってる奴を連れてきて、三ヶ月間だけ親代わりを探してくれるっちゅー施設なんだよ」
「三ヶ月間……」
心臓が、とくんと、鼓動した。
「もし……」
その先は、言ってはならない気がした。
体のどこかから、拒絶的な感覚が出てくる。
しかし、それでも押さえきれなかった。
「もし、三ヶ月間で親代わりが見つからなかったら、どうなるんですか?」
「へへへっ、そりゃあ……」

「へっ、安楽死だよ」

非常に、あっさりとしていた。
それなのに隣人ときたら、柔らかい笑顔だった。
「怖くないんですかっっ」
少し、声が荒くなる。
「死ぬんですよ?」
「いゃ、今更死ぬって言われてもなぁ。ここに来るまでだって何度もやばくなったときはあったし……。ここに来てうまい飯も食えたし、路上で苦しんでくたばるより、楽に死ねるってんだから良いんじゃないか?ははは」
彼の言葉は、至極当たり前で、途轍もない説得力があった。
しかし私には、どうしても、笑うことはできなかった。
三日後、隣の部屋は空き家になった。
そしてその次の日、隣の友人も居なくなった。
しかし、彼のそれとは違い、彼女は、優しそうな若い女の人に抱かれていったのだ。
私は、最後に友人の顔を見れなかった。
両隣で、運命が違った。
それだけのことなのに。
それを目の当たりにしてしまった私は、やはり、簡単に笑い飛ばすことは出来なかった。

この施設に来て、一ヶ月がたった。
両隣は、空室のままだ。
友人を失った私は、毎日、外を見るか寝るかしかしなかった。
後二ヶ月しか自分の命がないと思うと、ご飯ものどを通らなかった。
すっかり、落胆していた。
一種の諦めかもしれない。
だがある日、風が心地よい日があった。
その日だけは、なんだか気分も優れていた。
ベッドに寝そべって、ごろごろするにはちょうどよすぎた。
そんな折り、部屋のドアが開けられた。
逆さまのままドアの外を見ると、あの汗かきのおじさんが立っていた。
訂正、汗かきのおじさんと、格好良さげなお兄さんが立っていた。
汗かきのおじさんは、こちらに手を伸ばした。
その手を、恐る恐るとった。
久しぶりに、誰かにふれられた気がする。
そして、お兄さんに私を抱かせた。
誰かに初めて抱きしめられた気がする。
「かわいいなー。ねぇ、俺んとこ来なよっ!」
私には、訳がわからなかった。
汗かきのおじさんは、なんだかにこにこしているし。
「良かったな」
おじさんにこんなことも言われたし。
「よし、今日からお前はティアだ」
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
おじさんに、頭をなでられた。
何とも微妙な気分になったので、体をよじった。
二人に笑われた。

どうやら私に、親代わりができたようだ。

周りの者が、全員私を見た。
一ヶ月前の私のような気分なんだろうかと思った。
運命は、刹那的で、そんな運命に、私は生かされた。
嘘。
私は、優しそうな感じのするお兄さんに、拾われたのだ。

* * *

シュークリームのような入道雲が、遠くの真っ青な空に悠然と浮かんでいる。
八月真っ只中の今。
私は、窓辺に座る。
珍しく蒸されるような湿度はなく、からっとはれてた今日。
開け放たれた窓からそよそよと吹いてくる風が、前髪を揺らした。
まぶしさに細めた眼。

「私は今日、死ぬはずだった」

今日が、私があの建物の中に行ってから、ちょうど三ヶ月だった。
だけど、こうして私は生きている。
生きる意味。
そんなもの、少し前まではなかった。

だけど、今はある。

静かに訪れる時限爆弾。

それを解いてくれた彼が、笑っていられるようにすること。
私を、そうしてくれたように。

神様の悪戯。

私は、もうあの公園に戻ることはないだろう。

あの時舐めた苦々しい雨粒は、もうどこにもなかった。

彼がくれた、温度。

「おぉティア、ここにいたのか」

私の、名前。

彼の方を向いた。

頭をなでる、大きな手。

「にゃーっ!」

あの暗い日とは違った明るい声で鳴いて、私は飛びついた。

end.