おとうさんとおかあさんはどうしてけっこんしたの? | 米国のにほんじん。

米国のにほんじん。

2004年に渡米。
米国の冷蔵庫の通称を持つひえひえのミネソタ州にひんやりと在住。
2 marriage, 3 kids, one full time job and 1 divorce laterの日々のことを、
つれづれなるままに日暮らしてきにメモ。

3月3日はひな祭り。

日本全国ひな祭り。

しかしながら我が家の3月3日は実家の父母の32回目の結婚記念日であった。

米国に来て以来すっかりイベントごとに敏感に浮かれるようになってしまった

私は、日本の3月3日の早朝の時間を見計らって

日本の母に電話をかけた。


私『もしもし~、お母さん、結婚記念日おめでとう☆』



母『えっ? けんぽうきねんび??(憲法記念日)』


∑(゚∇゚|||)

自分の結婚記念日を忘れている上に、

憲法記念日って、、!?


しかも憲法記念日おめでとうなんていうやつあ極東委員会に迎合した

一部社会主義者達くらいだっ!そして憲法記念日は5月3日です。


母にすっかり忘れられていた両親の結婚記念日であるが、

とにもかくにもめでたく32周年を迎えた。


夢見る乙女であれば、誰しもが自分の左手の薬指を見つめ、

密かにため息をついたはず。

『この先の赤い糸は、いったい誰とつながっているのかしら、、』

花びらをちぎりながらそんな妄想にふけっている横で

放屁する父を横目でみつめ、

誰もが母に聞いたはず。


『お母さん、何でお父さんなんかと結婚しちゃったの?したの?』


小さい頃は

『なんでかしらねえ』と話をごまかしていた母であったが

私が縦横に成長するにつれ、その真実を少しづつ明かしていった。


学校の事務員として働く若き母。

春の足音が忍び寄る3月。

学校では大学出の新任教師について話題はもちきりだった。

『今度茨大出のアカが来るらしい』

※アカ

(あかはた、せっき)とは、革命 あるいは革命思想である社会主義共産主義 を象徴する


シュプレヒレコールの中~♪


学生運動盛んな1970年代。


水戸の時代から尊王譲位を激しく唱え、井伊直弼を桜田門外で

暗殺した、納豆だけでなくテロリストも生み出す

暗黒の地茨城。その茨城の頭脳茨城大学出身の

アカが来る、、、

(実際には父はアカ(左)ではなく右派として

国家擁護の立場を取り学生運動を収める大学側

にいたそうです。アカの学生にホースで縛られて

糾弾されたことがあるそうです)


茨城の西の端の学校には旋律が吹き荒れた。


そんな社会情勢にはまったく無頓着だったおしゃれ

が大好きな若き日の母。貧乏ながら髪の毛を

包装用のリボンで結び出勤していた。


そして次の日運命の出会いは起こった。


『駅前を通りかかったらね、

淡いグレーのスーツを着た男の人がこちらに向かって歩いてくるの。

その人がね、輝いていたのよ。』


輝いた人!?生き仏!?


『そして次の日学校で新任として紹介されたのが、その

駅前であった輝いていた男の人だったのよ』


そう、言うまでもなくこれが現在の我が父である。


3人の子と一人の孫を持ち、今は生き仏どころかすっかり仏のような

笑顔を浮かべる好々爺の父であるが、

残念ながら私はその

父の輝きを一度もお目にかかったことはない。


しかしながら、

その輝きを見抜いた母に間違いはなかったのだろう。

母の目には今だに父は輝いて見えるのだろうか。


私も自分に子供が生まれて同じ質問をされたとき

どう答えようか。


『飲み屋でへらへら後ろで突っ立ってる変なガイジンがいるなー

と思ったらそれがお父さんだったのよ』


、、、現実は厳しい。