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養生のシルバーウィークに(^^)DVDを数枚レンタルしました。^^
 
その中で印象に残った映画が『おみおくりの作法』です。
 
。。。ロンドンの地区センターで22年間、民生委員をしているジョン・メイは、孤独死した人の葬儀を担当し、死後に必要なこといっさいを取り仕切る仕事をしていました。
 
ところが、ある日、突然のリストラ。
ジョン・メイは最後の仕事に注力します。。。
 
故人の関係者を訪ねるジョン・メイとそこで出会った人々との温かい交流、、そして終盤の思いがけない展開に心が震えました。。
 
『悼む人』、『おくりびと』に類似した題材ですが、今日的な生と死をしんと考えさせられる映画でした。。
 
死の形は自分では選べませんし、どんな死を迎えるのかは誰にもわかりませんね。
おなじ生きるなら人生のはての日まで(前向きに)自分の人生を愛しつづけ、ていねいに生きていけたら、、と思います。(大願望です。)^^
 
 
先日の北海道新聞の朝刊にこのような(下記)コラムが載っていました。
感じ方は様々、、
少々、長文ですがお付き合いいただけたら幸いです。^^
 
 
~ 「死にかけとるばい」 ~ 
 
「順調に死にかけとるばい」
九州出身の母は末期がんの告知後、延命治療を断り在宅死を望みました。
そのため病院には、傷みや不快な症状に対しての処置だけをお願いしました。
 
入院すれば今できることさえ奪われてしまう。
チューブだらけになって幾分か永らえるより、最期の日々を家でピアノを弾き、アルバムや
洋服の整理をして過ごしたいと言いました。
 
口癖は「病を得て末期になったら余計なことをせず、木が枯れるように自然に死ぬのが
一番」でした。
 
しかし、家族にとって何もしないという選択は、病人を見捨てるようで、忍び難いものがあります。
終日ベッドで過ごすようになった日、「具合はどう?」と言う私の問いに答えたのが冒頭の
言葉です。
 
続けて「家族が何もしてくれないおかげたい」ときました。
 
「おっとっと、知らない人が聞いたら、介護放棄や虐待に聞こえるっしょうや」。
思わず突っ込んで2人で笑ってしまいました。
 
昨日できたことが今日はできなくなる日々です。
これが最後とピアノに向かい「月の砂漠」を弾いた日。
支える私の腕に涙がこぼれてとまりませんでした。
 
食が細くなり、一口でもいいからと勧めると、
「体が欲しないだけじゃけん、心配せんでよか。死にかけじゃけんね。」と返し、
家族を笑わせました。
 
息を引き取る2時間前まで話をしていた母は、まさに「順調」にしにかけ、順調に
死を迎えて旅立って行きました。
 
 (北海道新聞 「朝の食卓」より)