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『冬虫夏草』 梨木香歩
 
「~ それは生物一般に云えることではないでしょうか。
そのときどき、生きる形状が変わっていくのは仕方がないこと。
人は与えられた条件のなかで、自分の生を実現していくしかない ~ 」(「冬虫夏草」より)
 
この台詞、まさに本書の表題『冬虫夏草』を彷彿とさせます。
 
(*「冬虫夏草」は、虫に寄生した菌が虫からキノコを生やしたもの。冬は虫の姿で過ごし、夏になると草になるという所から名づけられました。)
 
『冬虫夏草』は、梨木ファンでしたらご存知かと思いますが『家守綺譚』の続編になります。
 
舞台は、百年前の京都。(多分、東山辺り)
主人公の文士・綿貫征四郎は、湖で行方不明になった親友・高堂の実家に家守として愛犬ゴローと暮らしています。
 
前作の『家守綺譚』では、湖に繋がっている庭の池から人魚や河童が流されてきたり、草木の四季を彩る森羅万象との交流(サルスベリに惚れられたり、散り際の桜が物乞いにきたり等)があったり、掛軸の中から亡くなったはずの高堂が訪ねてきたり、と、、ひとならぬものたちとの交歓がありました。
 
まるで泉鏡花を思わせる幻想文学のような質感でした。^^
 
そして『冬虫夏草』では、只者?いえ、只犬とは思えぬゴローが行方知らずになり、征四郎は消息を尋ね鈴鹿山へ分け入ります。
前作と同様、植物やひとにあらざる?怪しげなものたち(イワナの夫婦、河童、竜神が人の化身)が登場しますが今度は、山里の暮らしが中心に描かれています。
『遠野物語』のような民俗学の息づきを感じました。
特に信州から嫁いだ蒟蒻屋の松子さんとマツムシソウの思い出、重い出産で亡くなった菊さんの願い事等、切なく美しいお話にホロリといたしました。。

厳しい自然の中で暮らす人々がその猛威に抗うことなく、あやかしや森羅万象に宿るものたちの存在を身近に受け入れ、日々のたずきを得る、その真摯な姿に深く感じ入りました。
さらなる続編?を心待ちにしたいです。^^