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私が心ひかれる1冊に、武田百合子さんの『ことばの食卓』があります。 
  
本書は、1981年から1983年にかけて某雑誌に連載された14篇のエッセイを
まとめて上梓したものです。
 
日常の生活の中でふとした事柄を淡々とした言葉でそっけなく書かれているのですが、
その文章の、1行、1行に独持の世界があります。
 
「枇杷。
枇杷を食べていたら、やってきた夫が向かい合わせに座り、俺にもくれ、とめずらしく言いました。
肉が好きで、果物など自分で食べたがらない人です。
「俺のはうすく切ってくれ」さしみのように切るのを待ちかねていて、夫はもどかしげに1切れ口の
中へ押し込みました。
「ああ、うまいや」枇杷の汁がだらだらと指をつたって手首へ流れる。。。。
 (中略)
どうということもない思い出なのに。。
丁度食べたかったものを食べていたりすると、梅雨晴れの午後のその食卓に私は座っています。
 (中略)
ひょっとしたら、あのとき枇杷を食べていたのだけれど、あの人の指も手も食べてしまったのかな。
そんな気がしてきます。
夫が二個食べ終わるまでの間に、私は八個食べたのをおぼえています。」
 
ぽつんと、静かに、座っている百合子さんが、現実の向こう側に見えるようです。
 
 
 
余談ですが、武田百合子さんは、作家、武田泰淳の夫人で、泰淳の著書『もの喰う女』に
 登場する房子のモデルにもなっています。
 百合子さんが亡くなられて19年がたちます。