イメージ 1
 
 
                                        『初  恋』

                    まだあげ初めし前髪の林檎のもとに見えしとき

                     前にさしたる花櫛の花ある君と思ひけり 

                     やさしく白き手をのべて林檎をわれにあたへしは

                     薄紅(うすくれなゐ)の秋の実に人こひ初めしはじめなり

                    わがこゝろなきためいきのその髪の毛にかゝるとき

                    たのしき恋の盃を君が情に酌みしかな

                   林檎畠の樹(こ)の下におのづからなる細道は 

                    誰(た)が踏みそめしかたみぞと問ひたまふこそこひしけれ 。。

ご存知、島崎藤村の「初恋」です。

詩は良いですね。

大好きです。

割と声に出して読みます。^^

ただ、目で読むのだけでなく、声に出して読んでゆくと
詩の音やリズムの美しさを感じるんです。

特に藤村のような文語調の詩は、声に出して読むのに相応しい
気がします。

実は、私、詩はもとより、小さい頃から声に出して文章を読む
クセがあります。(笑)

難儀な(難解な)文章にぶつかると、目で読むより理解出来るん
です。(気がする?)

(でもテストの時は大変。お経?のように聞こえたかも?笑)

勿論、もう、大人ですから、人様の前ではそんな事は致しませんよ。

ひとりの時にひっそりと『音読』します。(笑)

以前、祖父に聞いたことですが、祖父の子どもの時代は、
『音読』より『素読』だったそうです。

漢詩を読む時、まず内容の理解は二の次で、同じ文章を何度も、
何度も読んだそうです。
それも少なくとも100回は声に出して唱和したそうです。

頭脳の表面に記憶するのではなく、隠れた意識に
刻印させることが目的で、顕在意識に教えるのではなく、
潜在意識に刻印することが『素読』の目的だったそうです。

江戸時代、明治初頭までは、この素読教育が主で、明治維新の
志士たちはこの教えにより行動力が得られたのだそうです。

知識を多くするのではなく、只、素読して 潜在意識に刻印する、、、
そうすると、分からないはずの漢字がいつのまにか解ってくるのだそうです。

(自らその言葉の内容を体得している。という事なんですね?!)

そういえば、英語をただ聞いているだけで話せるようになります、、
という某CMがTVでながれていますが、

外国語を習得するのに、素読を活用するのは如何でしょう。^^

などと、かなり安直な考えが思い浮びました。(笑)

でも、声に出して読むというのは、脳の活性化になりそうですね。^^
(特に私には。笑)

たまに声に
だして読んでみましょう。♪

*画像はご近所から頂いた芍薬です。^^美しい花ですね。
 
(以前の記事を手直しして改めて載せました。。