
『銀の匙』(ぎんのさじ)という小説をご存知でしょうか?
著者は、中 勘助(なか かんすけ)(1885年~1965年)
自伝風に綴った小説です。
大人になった主人公がある日、古い茶箪笥の抽匣(ひきだし)から銀の匙を見つける。
それは、小さい頃に薬を飲む為に買った匙だった。
彼は母親がお産のあと身体が弱っていたために、伯母さんに特別慈しまれて育ち、
子供のころ覚えた伝説やおもちゃ、遊びは、みんな伯母さんに教えてもらった。
そんな少年時代の思い出を、中勘助が、子ども自身の感情世界を素直に描き、
誰の記憶の中にでもある『銀の匙』を蘇らせます。
夏目漱石が未曾有の秀作として絶賛した作品です。
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実は、私が『銀の匙』を知ったのは、つい最近の事です。
NHK(BS)『ザ・コーチ 人生ノ教科書』という番組に
灘中・高校の名物先生と言われた橋本武(はしもと たけし)さんが紹介されました。
橋本さんは、かつて、無名だった同校を私立として初めて東大合格者日本一に
押し上げた伝説の国語教師です。
1984年に72歳で退職するまで検定教科書を使わず中勘助の書いた小説
『銀の匙』を軸に、3年間かけて読み込み、草体仮名の読解、生徒に古典文学の
共同研究をさせるなど、ユニークで独特の授業を30年以上行いました。
「文章の中の僅かな手掛かりをもとに、日本人としての常識教育に発展させることを考え、
私がノートを作った過程を生徒自身に仕事をさせる工夫をした」と。。。
橋本さんは丹後の宮津出身、灘中・高校で2000人を超える教え子がいます。
その中には作家の遠藤周作さんも。。
実は、橋本さんは、教材用に「徒然草」「枕草子」を完訳・出版し、いずれは源氏を、、
という思いがあったそうですが、80歳代の生死をさまよう体験(胸部の動脈に穴が開いて
心肺停止に陥り、阪神・淡路大震災で被災。さらに交通事故で頭を7針縫った)が、背中を押し、
源氏にかけようと思ったそうです。
与謝野晶子や谷崎潤一郎らの名訳も、あえて参考にせず、「紫式部が現代に生きていたらどう書いたか」
だけ考え、ノート作りを始めたのが86歳の時。
その後、90歳の時に妻を亡くし、過労や寝不足で入院したこともありましたが、
訳業を続け、「桐壺」から「夢浮橋」まで『源氏物語』の現代語訳63冊を完成させました。
今は、大好きな相撲観戦と60歳からはまった宝塚歌劇(「ベルばら」だけでも40回、
1年間で150回)を観賞するのが楽しみだそうです。
橋本さんは、好きなことをしてストレスをためないのが健康法だと言います。
「新しいことを始めたら周囲に吹聴する。人に知られれば中途半端で止められないから」と仰います。
その後「書いて覚える百人一首」を出版し、毎月4回ある古典サークルも続けています。
有言実行の97歳です。^^
『生きることは、この世にうけし待ち時間 悔いを残さず 使ひきること』 橋本武
皆さんの『銀の匙』は、宝石箱のように鮮やかですか?^^