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北海道新聞のコラムをご紹介します。^^

~~~~ 春告魚 ~~~  旅の宿経営 原田 正樹

今年は道内でニシンが豊漁という。

小樽の海岸でも、ニシンの産卵時に海が白濁色に染まる群来(くき)が見られた。

もちろん私は昔の群来をみたことがないので、生まれて初めて目にした光景だった。

ただ、豊漁といっても、最もニシンが捕れたときは、今年の5百倍の漁獲高というから、

そのすさまじさは想像だにできない。

海岸がニシンで盛り上がり、その上を歩いたなんて話も聞く。

先日、1920年(大正9年)に作られた黒輪島塗のお膳で

ニシン料理をいただく機会に巡り合えた。

ニシン漁で栄えた頃、網元の屋敷で使われていた何十脚ものお膳が蔵の中で発見され、

もう一度活用して宴を開こうという試みである。

幸運にも保存状態が良かった。

現在同じ物を作ろうとすると、一人分のお膳セットは三白万円もかかるとのことだ。

初めて目にする高級お膳に、旬のニシン料理が並べられ、ついつい緊張してしまったが、

酒が進むにつれ、会話も弾み、ニシンや当時の北海道の話に耳を傾け、楽しくおいしく、

勉強になるひとときを過ごした。

ニシンは別名「春告魚(はるつげうお)」と呼ばれる。

昔のような大漁ではないにしても、このニシンの再来が、

北海道に春を告げる風物詩として定着してくれたらと夢見ている。

札幌のすぐお隣、小樽。

私も何度も訪ねていますが、そこに、ニシン御殿、旧青山別邸があります。

旧青山別邸は、(大正時代)ニシン漁で財を成し、
青山家の別荘として建設されました。

現在、一般公開され、懐石料理を楽しめる料亭として人気があります。
敷地内に一歩足を踏み込んだとたん明治・大正の時代に タイムスリップです。^^
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青山家は山形県出身のニシン場網元で、
留吉、政吉の親子二代で財をなしました。

大正12年に政吉がこの別邸を建築し、
建物の材料は全て山形県酒田から取り寄せ、
同家のお抱え大工をはじめ総勢50名の手によって建てられたそうです。

(建築費は当時の金額で31万円だったそう。。)

当時の栄華を今に伝える建物で小樽市より歴史的建造物の指定を受けています。
建築から約80猶予年経ってます。