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コンゴからのエアメール
ある日、深町の会社にアフリカのコンゴから
一通のエアメールが届きます。

差出人は「民族解放戦線」の活動家であろう人物。(?)
エアメールの内容は、なんとも怪しげなマネーロンダリングの提案でした。

深町は、何故かその内容が、悪質な詐欺の生々しさを感じることが
出来ず、現実感のないゲームとして提案に乗ります。

実は、そのエアメールの背景には、内戦の為、国の悲劇が生んだ
家族の命がけの未来が託されていたのです。

私は、コンゴ民主共和国が、鉱物、農産物に恵まれながら、その資源の利権を
めぐって部族間で紛争が絶え間なく起こっていること、そして、その悲劇は
コンゴに限らずアフリカ一帯に深刻な状況を及ぼしている事を知りました。

その国の若者には選択の余儀はなく、兵士になって戦場に行くか、もしくは鉱山で
過酷な労働を強いられて生きていくしかないのです。

ならば、この国を出て新天地に夢や希望を持つ若者がいても不思議ではないでしょう。

私は深町がこの得体の知れない差出人のエアメールの提案に、「詐欺」行為の疑いを
深めるよりも既に何か違う心の変化を感じていたのではないかと思いました。

多分、深町世代は、この差出人の「反政府的な人民戦線」という肩書きに
若かりし頃のロマンチシズムの心を揺さぶられた事でしょう。(笑)

それは、彼らが若かりし頃に熱く語り合った革命思想が、今の日本では幻想でしかない
のに、遠い向こうの国では革命が起こっている。
そんな現実に血のざわめきを感じずにはいられなかったのではないでしょうか。

最後の文面で深町が若い日の記憶の糸にふれたあの頃の自分に戻っていたように思います。

「犯跡をくらます前に「あなたに会いにキンシャサまで行きたい」なんてエアメールの文面を
真剣に考えはじめていた。」


「新橋裏道りりー・マルレーン」
この年は、世界大戦終結から60年にあたり、TVでは、その関連したニュースが
色々と放映されていた。
その中にイタリアのモンテカッシーノで激戦60周年の記念式典が行われたという
報道を見て、僕は一人のドイツ人を思い出した。

その当時20代だった僕は、父親世代の50代がらみの垢抜けないドイツ人技師と
数日仕事をする事になった。

その技師の名前はフランツといった。
その日はアメリカの会社と契約を取りまとめることが出来たにも関わらず、
フランツは、その会社に対して執拗に苦情を言い、何か不信感があるようだった。
僕は内心、彼はビジネスの無骨者だと思っていた。

ある時、彼が膝から下が義足だという事を知った。
第二次世界大戦でもっとも苛烈な戦闘の一つと語られる
イタリアのモンテカッシーノ戦線で足を失ったのだという。
その体験を聞いて僕は、フランツが無骨な田舎技師という見方が消えてしまった。

仕事の契約が成立した夜、僕はフランツの労を労いバーへ連れて行った。
そこで、フランツはリリー・マルレーンを歌った。

限りなく続く爆撃の激しい音と振動に怯え、死の恐怖に耐えながら、故郷を思い出し
歌ったリリー・マルレーンを。

この物語は、感動しました。

特に後半で、フランツがバーで、リリーマルレーンを歌うシーン。。。

フランツが歌いだすと最初は店内の空気が、しらけているように感じたのですが、
実は、それは三番にすすんだ時に店内の客たちが「リリー・マルレーン」と唱和した
事で私の心配は救われました。
まるで、その場に居たように胸が熱くなりました。

「もし、ドイツがまた過ちを犯して息子たちが戦場に行くかもしれない時、
老いぼれたわれわれ父親たちは、引き止めるためにどんな言葉ででも解くだろう。
しかし、どんな言葉よりも日頃血や肉の中に染み込んでいったものの力が、物を言うんだ」

フランツのこの言葉はとても良い言葉ですね。
重く深く、そして力強さを感じました。


以下は私の余計な憶測の感想。(笑)
主人公僕の「リリー・マルレーン」です。
金沢の女性との結ばれぬ恋が、映画「リリー・マルレーン」の
ユダヤ人の音楽家と歌姫の悲恋と重なり、胸、キュンでした。

(3)に続きます。