

「創作への旅~澁澤龍彦」
懐かしい記憶が蘇りました。
私が澁澤龍彦氏を知ったのは、古本屋さんに足しげく通っていた高校生の頃です。
それは「澁澤龍彦の世界」というB4サイズの本が、きっかけでした。
「アートな感じがする」。。凄く惹かれた本でした。
その本には沢山の写真が載っていましたがその中でも釘付けになったページがありました。
澁澤氏の書斎の写真です。
書斎の隅に等身大の女の子の人形が飾ってあったのです。
その人形を制作したのが四谷シモンでした。
四谷シモンは、人形作家です。
多分、ご存知の方も多いかと思いますが、、、。
その彼も澁澤龍彦という名前を知ったのは、「人形」がきっかけだったそうです。
私と同じように古本屋で「新婦人」という雑誌を読んでいて偶然、ドイツのシュールレアリスト
、ハンス・ ベルメールの人形が紹介してあったそうで、その人形の写真に衝撃を受けたそうです。
(シュールレアリスムというと美術史上では、エルンスト、マグリット、デルボー、ミロ、ダリ
などが挙げられている)
シモンのベルメール・ショックは、特異なエロティシズムというよりも、その人形に関節があって
動くということだったそうです。。
そして、そのベルメールの紹介記事を書いていたのが澁澤龍彦氏だったのです。
四谷シモンがベルメールに影響を受けたという人形たちは、いかにも澁澤が好みそうなものばかり
でシモンの澁澤氏に対する信頼と忠義はその人形を通して反映されているようです。
シモンにとって生涯でかけがえのない友だったようです。
澁澤龍彦氏は、小説家であり仏文学者であり評論家であり。。と、その才能は計り知れません。
そして、一番知られる所としては、マルキ・ド・サドを日本に紹介した人物とされてます。
1959年にサドの「悪徳の栄え」を翻訳出版したところ、翌年、同書が性表現を理由に発禁処分
を受け、猥褻文書販売および同所持の容疑で起訴され、以後九年間に渡り所謂サド裁判の被告人と
なりました。
澁澤氏はこの裁判について「一つのお祭り騒ぎとして、なるべくおもしろくやる」という方針を示
し、真剣に争う気がない態度が弁護側から怒りを買ったそうです。
その裁判は1962年に東京地裁で無罪判決が出たのですが、検事控訴で高裁から最高裁まで争う
ことになり、その結果、1969年に澁澤氏の有罪が確定し罰金刑を受けました。
そのサド裁判の時の澁澤氏が記者陣にかこまれている画像が少し放映されていましたが、
サングラスに長髪をなびかせている彼の風貌は、兎に角、かっこ良いいです。(笑)
澁澤龍彦は私には無限の人物です。
この番組を観て、彼の魅力を再確認しました。