葬儀の日、朝起きて、ほぼ無言で父と朝食をとった。

 

テレビを見ながら、父がぽつりと「お母さんいないとなんとなく寂しいね」って言った。

家のそこかしこに母の痕跡がある。

買い溜めてあった化粧水。使っていた歯ブラシ。メイク道具。

使わなかった入院一式の準備。間際まで使っていた櫛。

毎日つけていた、飲んだ薬の記録。飲めなかった薬。

 

今はまだ私がいて、事務手続きが山積みになっているからあまり実感せずに済んでいると思う。

私が地元に戻ったらどうなるだろう。

私は日常生活が待っているだけだけど、父は、母の抜け落ちた日常に戻ることになる。

 

朝ごはんを済ませると、準備をして葬儀場に向かった。

 

私が選んだ母の遺影は、ちょっと眩しそうな顔で笑っていた。

母の写真の多くは半分目を瞑っていて、ここはしっかり受け継いだなぁなんて思った。

 

まずはイトコがきて、父と私と三人で談笑していた。

それでしばらくすると、父の姉にあたる叔母がきた。

叔母が「大変だったねぇ」と言った瞬間、父は堰を切ったように泣き出した。

それを見て、あぁ娘の私の前で泣く訳にいかなかったんだなぁ、しっかりしてないとって気を張ってたんだなぁって、すごく申し訳ない気持ちになった。

もうちょっと何か良い言葉を掛けられたらよかった。一番長い時間を過ごしてきたパートナーなのだからちゃんと悲しんでいいよって、言えればよかった。

そういう私も、電話を受けた時も帰宅して冷たくなった母を見た時も取り乱したり泣いたりすることはなかったから、私も父も、それから母も、似た者同士なのだと思う。

 

葬儀の前にお坊さんに呼ばれて、亡くなったひとのことを思い出してあげるのは故人にとって幸せなこと、誰からも思い出されなくなったときにひとは2回目の死を迎えるから、たくさん思い出してあげてっていう話をしてくれた。

天国で、好きなお酒飲んでチーズケーキ食べれたらいいなって思った。

 

それから葬儀が始まって、時折こみ上げてくるものをなんとか押し殺しながら、なんとか葬儀は終えた。

 

式は故人とのお別れにうつり、母の好きだったものを色々詰め込んだ。

結婚当初から大事にしてた「くまた」のぬいぐるみ。

本当はくまたと同期の「まるちゃん」って女の子の人形がいたのだけど、私が幼稚園の頃に勝手に持ち出してなくしてしまった。

物凄く怒られて、暗くなってからも探し回って、それでも見つからなくて、謝ったけど「もういいよ仕方ないから諦める」って許してくれたのを覚えている。

祖母に貰ったキーウィのぬいぐるみと、私が還暦祝いにあげたくまのぬいぐるみ。

どちらも大事に飾ってあった。

それから、チョコレートの「メルティーキッス」。

甘いものが苦手な母が、唯一好んで食べてた甘いお菓子。

 

詰め込みながら、母の手に触れた。

 

昔は家事で荒れてがさがさで力強かった手。

冬場は、冷え性でいつも冷たかった。母と二人で父の手で暖を取っていた。

指が太くて、指の細い父とは指輪サイズが2号しか変わらないってよく嘆いてた。

2ヶ月前に触った手は、家事もできなくなって、やわらかくてあたたかかった。

いま触れた手は、やわらかくて、つめたかった。

 

それから口に水を含ませてあげて、お花を詰め込んだ。

母は華道の先生をしていてお花大好きだったから、お花たくさんでよかったなって思った。

最後に、ほっぺに触れた。

ひんやりしてるけど、相変わらずのぷるつやのほっぺた。

 

叔父(母の姉の夫)が触れてたのが少し嫌だった。

 

それから、長女の私が花束を棺の上に載せて終了。

最後に一言って言われて、(一昨日言ったからもういいよ)って思いながら、なんとか泣かないように同じ言葉をもう一度小さくかけた。

 

それから火葬場に行って、母の遺影を持って(母の遺影が母の火葬を見送ってる…?)と思いながら送り出した。

人の葬儀で花瓶と骨壷を勘違いしたって笑っていた母なら、(お母さんの遺影がお母さんの火葬を見送ってたよ)って言ったら笑いそうだから、

遠い未来に天国で再会したら教えてあげようって思った。

 

精進落しの食事をして、母はあっというまに灰と骨になった。

 

父は「できるだけ綺麗な骨…」ってつぶやきながら骨を拾っていた。

私は、抗がん剤治療で脆くなって骨折してしまった背骨付近を、大変だったねって思いながら拾った。

 

そうして、母はあっというまに骨壷に収まって帰宅した。