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BD Life '10 July Field Research UPしました![]()
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http://viewmorepics.myspace.com/index.cfm?fuseaction=user.viewAlbums&friendID=1004211704 (更新;July, 14)
Mixi:Eriko.M
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NGO PIPRA HP:
工事中![]()
NGO PIPRAに興味を持たれた方、コンタク希望の方は下記アドレスへ![]()
ありがたや
突然の呼びかけにも関わらず、
沢山の人が即レスしてくれておもちゃが集まってます
今日だけで、50ℓぐらいのザックに入りきらない量
ありがたや
提供してくれた人とちょいちょいちょいと世間話もでき、
有意義な時間も過ごしちゃいました
こうやって人との繋がりができたり、
絆が強くなっていくんやなぁという嬉しさもありました。
現場のニーズは日々変わります。
提供してくれた人には、
なるべくおもちゃ達の着地点が目に見える形で報告できればと思うけれど、
多分、それは難しいだろう。
ということも伝えました。
それでも善意のリレーがループしてループしてループして、
何年先にも続いていくことをI wishです
沢山の人が即レスしてくれておもちゃが集まってます
今日だけで、50ℓぐらいのザックに入りきらない量
ありがたや
提供してくれた人とちょいちょいちょいと世間話もでき、
有意義な時間も過ごしちゃいました
こうやって人との繋がりができたり、
絆が強くなっていくんやなぁという嬉しさもありました。
現場のニーズは日々変わります。
提供してくれた人には、
なるべくおもちゃ達の着地点が目に見える形で報告できればと思うけれど、
多分、それは難しいだろう。
ということも伝えました。
それでも善意のリレーがループしてループしてループして、
何年先にも続いていくことをI wishです
おもちゃの募集(日曜まで!!)
釜石でのボランティアで縁あってお知り合いになったボラ仲間さんの
お友達が偶然にも釜石に物資を送ってらっしゃるということで、
私も微力ながら協力させて頂くことにしました。
お友達の友人が現役時代北日本銀行におり、
今回の震災を受けて釜石地区で唯一残る支店にて、
現地の二ーズに合わせて物資支援の受入をしているとのことです。
主に子供用のものを集めています。
日曜日にボラ仲間さんと共にご友人の事務所に直接物資を手渡しに行きます。
それまでに私に会う事ができ(新宿近辺出てけます
)、
いいもん持ってるよ~
という方は連絡下さい!
* * *
以下、ボラ仲間さんの友人からのメールを添付致します。
* * *
おはようございます。
早速ですが次の支援依頼の話が舞い込みました。
衣類を送っていた釜石の窓口からです。
「救援物資につきましては、釜石地区は充足しているとのことですので、
宮古・山田地区、陸前高田の二カ所に送っていただければ幸いです。
ぬいぐるみ・おもちゃをお手数ですが、半分づつお願いします。」
・乳児のおもちゃはNG
・電池式のおもちゃは複数人数で遊べそうならOK
・ぬいぐるみ、オセロなどの盤ゲーム、ままごと道具などの受けがよかった
・ぬりえや色鉛筆、キャラクタートランプ、折り紙、
らくがき帳など引き続き集めてます
・絵本や児童書は送らないで下さい
・幼児おもちゃは集まりやすいんですが、
小学生の遊ぶようなものがなかなか集まりません。
ちょっと身体を動かせるような道具(なわとびやボールとか)
があるといいかなとも考えてます。
今週金曜日到着分を週末にまとめて発送しようと思います。
■建築士さんのコメントです■
現地で支援物資の仕訳ボランティアをして色々と問題に直面しました。
「中古品でも可」とうたうと、本当に様々なものが集まってきます。
しみだらけの服とか。。
お手持ちの新品・新中古品があるかというと
なかなか難しいとは思いますが、一人ひとつづつでも持ち寄れば、
立派な玩具ボックスになるはず!
ご協力頂けるものがあれば、どうぞ宜しくお願いします。
■むらかみコメント■
現地で配布の采配を取る方がいらっしゃるので、
然るべき場所・人の元へ届けて下さると思います。
1ヶ月半以上経ち、子どもだけではなく、大人の方も「退屈だ・・・」
と言われる声を私自身現地で何回か聞きました。
心の健康のためにも、
適度な運動ができるものの提供は的を射ていると思います。
以下、私が聞いた現場の意見です。
・シャボン玉 By子持ちのお母さん
→外で粉塵が舞っているので、室内で子どもにやらせた所はまっていた
・風船 By小学校6年生の子ども
・グローブと野球ボール By 中学生の親子
フラフープとか健康にもとってもいいと思うんですが、
郵送のため、あまりに大きいものは扱いにくいと思います。
短いバトミントンセットやフリスビーなどあれば私だったらw嬉しい。
けん玉やお手玉なども高齢者の方と遊べていいかもしれません。
なんせ、釜石は若者があまりいない。。
高齢者が多いんだそうです。
本当は、しっぽ取りゲームや広告紙で剣を作ってちゃんばら、
ひょうたんゲームやだるまさんが転んだ、など、
モノがなくても生み出し、遊べる遊びを子どもたちにTeachingする方が
よっぽどいいんですが、そんな余裕も余力も、
なかなか出ない現状もあるんだと思います。
募集期間が短いですが、
誰かー!!協力お願いします
お友達が偶然にも釜石に物資を送ってらっしゃるということで、
私も微力ながら協力させて頂くことにしました。
お友達の友人が現役時代北日本銀行におり、
今回の震災を受けて釜石地区で唯一残る支店にて、
現地の二ーズに合わせて物資支援の受入をしているとのことです。
主に子供用のものを集めています。
日曜日にボラ仲間さんと共にご友人の事務所に直接物資を手渡しに行きます。
それまでに私に会う事ができ(新宿近辺出てけます
いいもん持ってるよ~
* * *
以下、ボラ仲間さんの友人からのメールを添付致します。
* * *
おはようございます。
早速ですが次の支援依頼の話が舞い込みました。
衣類を送っていた釜石の窓口からです。
「救援物資につきましては、釜石地区は充足しているとのことですので、
宮古・山田地区、陸前高田の二カ所に送っていただければ幸いです。
ぬいぐるみ・おもちゃをお手数ですが、半分づつお願いします。」
・乳児のおもちゃはNG
・電池式のおもちゃは複数人数で遊べそうならOK
・ぬいぐるみ、オセロなどの盤ゲーム、ままごと道具などの受けがよかった
・ぬりえや色鉛筆、キャラクタートランプ、折り紙、
らくがき帳など引き続き集めてます
・絵本や児童書は送らないで下さい
・幼児おもちゃは集まりやすいんですが、
小学生の遊ぶようなものがなかなか集まりません。
ちょっと身体を動かせるような道具(なわとびやボールとか)
があるといいかなとも考えてます。
今週金曜日到着分を週末にまとめて発送しようと思います。
■建築士さんのコメントです■
現地で支援物資の仕訳ボランティアをして色々と問題に直面しました。
「中古品でも可」とうたうと、本当に様々なものが集まってきます。
しみだらけの服とか。。
お手持ちの新品・新中古品があるかというと
なかなか難しいとは思いますが、一人ひとつづつでも持ち寄れば、
立派な玩具ボックスになるはず!
ご協力頂けるものがあれば、どうぞ宜しくお願いします。
■むらかみコメント■
現地で配布の采配を取る方がいらっしゃるので、
然るべき場所・人の元へ届けて下さると思います。
1ヶ月半以上経ち、子どもだけではなく、大人の方も「退屈だ・・・」
と言われる声を私自身現地で何回か聞きました。
心の健康のためにも、
適度な運動ができるものの提供は的を射ていると思います。
以下、私が聞いた現場の意見です。
・シャボン玉 By子持ちのお母さん
→外で粉塵が舞っているので、室内で子どもにやらせた所はまっていた
・風船 By小学校6年生の子ども
・グローブと野球ボール By 中学生の親子
フラフープとか健康にもとってもいいと思うんですが、
郵送のため、あまりに大きいものは扱いにくいと思います。
短いバトミントンセットやフリスビーなどあれば私だったらw嬉しい。
けん玉やお手玉なども高齢者の方と遊べていいかもしれません。
なんせ、釜石は若者があまりいない。。
高齢者が多いんだそうです。
本当は、しっぽ取りゲームや広告紙で剣を作ってちゃんばら、
ひょうたんゲームやだるまさんが転んだ、など、
モノがなくても生み出し、遊べる遊びを子どもたちにTeachingする方が
よっぽどいいんですが、そんな余裕も余力も、
なかなか出ない現状もあるんだと思います。
募集期間が短いですが、
誰かー!!協力お願いします
岩手県釜石市での活動報告
大学のゼミメールに送った活動報告です。
* * *
現地ではカリタスジャパンの名を借り、
カトリック教会の全面支援により活動していました。
活動は、数件の中から選べ、
私は教会に送られてくる物資管理に力を入れ、
その他、避難所、炊き出し、瓦礫撤去等の現場にも行きました。
釜石ベースでは、
入れ替わり立ち代り30人前後のボランティアが各地から集まり、
その他協会関係の方や、地元の方が集まり、
被災者の方、被災者でありながら支援者の方、
ボランティアの方・・・多くの方々との出会いがありました。
今まで経験したボランティアに比べ、社会人の方が多かった。
津波の被害は絶句する程広範囲でした。
私が見たのは釜石市の大只越と大鎚のみ。
それだけでも尋常じゃない範囲です。
瓦礫のカーペット。
そして、屋根は残っていても中は。。。という町並み。
道路は早い段階で自衛隊が通れるようにしてくれた様です。
「あの道の瓦礫がなくなった」
「あの屋根にあった車が撤去されてる!」
「仮設住宅への移動がもうすぐ」「学校が始まった!」
1ヶ月半たち、街は確実に復興の足取りです。
しかし、全体の被害に比べ、これらの一歩は本当に小さい。
被災者の方、被災地を目にした人がしばし言うように、
「どこから手をつけていいかわからない」。
それでも、多くの人が前を向いていました。
「釜石市に津波の被害」と言っても、
津波の到達したところとそうでないところでは天地の差があります。
ボランティアでご一緒した避難所を回っている精神科医の先生が言うに、
神戸の時と同じように、
被災1ヶ月過ぎから不満やストレスが出始める時期に入っているようです。
そして、“被害の差”が団結を壊すとも。
“被害の差”それは、
家が全壊、半壊、車が、家族が、親戚が、友人が、、、
と、目がつく被害で差を測ってしまいそうですが、
仕事や財産や資産、助け舟の有無など、
見えない部分でも広がります。
ばらばらと書きましたが、後二点。
■ガレキ■
瓦礫ガレキと私も、皆も言いますが、
それらはすべて、元は誰かの生活の品々でした。
ボランティアがガレキ撤去をする理由の多くが、
ガレキになってしまったものから、
持ち主の大切なものをPickするためです。
多くの家が、いつかはクレーン車でがしゃんと壊されます。
その前にアルバムや、思い出品を手に入れたい、
と沢山の方が依頼しに来られます。
依頼は、家の方ではなく、ご家族や親戚、大家さんの場合もあります。
私が入ったおうちの人は亡くなっており、親戚からの依頼でした。
1件でも多くのお家を手伝いたい、という思いを多くの仲間が持ちました。
クレーンがいつ入るかわかりませんが、
GWあけるとボランティアの数がぐっと減ると予想されます。
しかし、まだ整理しきれないお家は数多く残っていると思います。
■物資■
私が協会に入った時、
そこにあった物資はまだ管理しきれていませんでした。
他にやることが多すぎて手が回らず。
なので、その物資スペースの整理を徹底的にしたのですが、
やったことはレイアウトと、“物資をふるい分ける”ことでした。
古着を中心に、不要と思うものは全て処分しました。これが現実です。
物資の中には、黒皮のミニスカートとかシースルーのシャツ、
とか、不謹慎ですが笑えてしまうものが沢山あるんです。
使えるセーターとかも、ぐちゃぐちゃに入ってたりします。
少しでも善意を着地させたい、
そういう思いで、綺麗にたたんだり、
毛玉を取ったりして陳列していきました。
自衛隊の物資スペースに派遣されたボラ仲間の話では、
古着は一切扱わず、箱ごと処分行き、だったそうです。
今では被災者の方も
「最低限生きれる暮らし」から質を求め始めています。
「着替えがほしい」とか「見栄えがいいものがいい」とか
質のレベルは様々です。
逆に、1ヶ月半たった今でも、遠方から来て、
「なんでもいいから着るものを、食べ物を」ということも多々ありました。
特に、海に近くないけれど津波の被害があった地域に多い様でした。
そのエリアでも自衛隊の配給はあるものの、
キャベツ4分の1に肉1枚のみ、という状況と言っていました。
これは1ヶ月と1週間経った頃の状況なので、
今はもう少しよくなっていると願いたいのでしょうが、
まだまだこのような地域が多くあるのだろうとも思います。
まだまだ書き足りませんが、これが私が見てきた1週間です。
今回の災害で、皆、色々なことを思い、
考え、学び、行動すると思います。
その参考になればと、この場を借りて書かせて頂きました。
現地ではカリタスジャパンの名を借り、
カトリック教会の全面支援により活動していました。
活動は、数件の中から選べ、
私は教会に送られてくる物資管理に力を入れ、
その他、避難所、炊き出し、瓦礫撤去等の現場にも行きました。
釜石ベースでは、
入れ替わり立ち代り30人前後のボランティアが各地から集まり、
その他協会関係の方や、地元の方が集まり、
被災者の方、被災者でありながら支援者の方、
ボランティアの方・・・多くの方々との出会いがありました。
今まで経験したボランティアに比べ、社会人の方が多かった。
津波の被害は絶句する程広範囲でした。
私が見たのは釜石市の大只越と大鎚のみ。
それだけでも尋常じゃない範囲です。
瓦礫のカーペット。
そして、屋根は残っていても中は。。。という町並み。
道路は早い段階で自衛隊が通れるようにしてくれた様です。
「あの道の瓦礫がなくなった」
「あの屋根にあった車が撤去されてる!」
「仮設住宅への移動がもうすぐ」「学校が始まった!」
1ヶ月半たち、街は確実に復興の足取りです。
しかし、全体の被害に比べ、これらの一歩は本当に小さい。
被災者の方、被災地を目にした人がしばし言うように、
「どこから手をつけていいかわからない」。
それでも、多くの人が前を向いていました。
「釜石市に津波の被害」と言っても、
津波の到達したところとそうでないところでは天地の差があります。
ボランティアでご一緒した避難所を回っている精神科医の先生が言うに、
神戸の時と同じように、
被災1ヶ月過ぎから不満やストレスが出始める時期に入っているようです。
そして、“被害の差”が団結を壊すとも。
“被害の差”それは、
家が全壊、半壊、車が、家族が、親戚が、友人が、、、
と、目がつく被害で差を測ってしまいそうですが、
仕事や財産や資産、助け舟の有無など、
見えない部分でも広がります。
ばらばらと書きましたが、後二点。
■ガレキ■
瓦礫ガレキと私も、皆も言いますが、
それらはすべて、元は誰かの生活の品々でした。
ボランティアがガレキ撤去をする理由の多くが、
ガレキになってしまったものから、
持ち主の大切なものをPickするためです。
多くの家が、いつかはクレーン車でがしゃんと壊されます。
その前にアルバムや、思い出品を手に入れたい、
と沢山の方が依頼しに来られます。
依頼は、家の方ではなく、ご家族や親戚、大家さんの場合もあります。
私が入ったおうちの人は亡くなっており、親戚からの依頼でした。
1件でも多くのお家を手伝いたい、という思いを多くの仲間が持ちました。
クレーンがいつ入るかわかりませんが、
GWあけるとボランティアの数がぐっと減ると予想されます。
しかし、まだ整理しきれないお家は数多く残っていると思います。
■物資■
私が協会に入った時、
そこにあった物資はまだ管理しきれていませんでした。
他にやることが多すぎて手が回らず。
なので、その物資スペースの整理を徹底的にしたのですが、
やったことはレイアウトと、“物資をふるい分ける”ことでした。
古着を中心に、不要と思うものは全て処分しました。これが現実です。
物資の中には、黒皮のミニスカートとかシースルーのシャツ、
とか、不謹慎ですが笑えてしまうものが沢山あるんです。
使えるセーターとかも、ぐちゃぐちゃに入ってたりします。
少しでも善意を着地させたい、
そういう思いで、綺麗にたたんだり、
毛玉を取ったりして陳列していきました。
自衛隊の物資スペースに派遣されたボラ仲間の話では、
古着は一切扱わず、箱ごと処分行き、だったそうです。
今では被災者の方も
「最低限生きれる暮らし」から質を求め始めています。
「着替えがほしい」とか「見栄えがいいものがいい」とか
質のレベルは様々です。
逆に、1ヶ月半たった今でも、遠方から来て、
「なんでもいいから着るものを、食べ物を」ということも多々ありました。
特に、海に近くないけれど津波の被害があった地域に多い様でした。
そのエリアでも自衛隊の配給はあるものの、
キャベツ4分の1に肉1枚のみ、という状況と言っていました。
これは1ヶ月と1週間経った頃の状況なので、
今はもう少しよくなっていると願いたいのでしょうが、
まだまだこのような地域が多くあるのだろうとも思います。
まだまだ書き足りませんが、これが私が見てきた1週間です。
今回の災害で、皆、色々なことを思い、
考え、学び、行動すると思います。
その参考になればと、この場を借りて書かせて頂きました。
