Dombyra-dee-dee〜中央アジアの無駄話とスケートとたまに旅行記〜 -12ページ目

Dombyra-dee-dee〜中央アジアの無駄話とスケートとたまに旅行記〜

中央アジアと日本を行き来しているくだらない日常とフィギュアスケートと旅行記など。カザフスタンの話とデニス・テン君の話が多いです。
コロナ禍以降はもっぱら国内旅行の話。最近は自分でも滑るのでその合宿関連多め。

ニューサンピア敦賀で不定期に行われている小塚崇彦氏のスケート教室。コロナで2回の延期を経て、10月23・24日に3度目の正直で開催されることとなった。


スケート旅でさえ貧乏バックパッカー根性まるだしの私は敦賀に行くのに毎回東京→福井間のバスを使っていたのだが、そんなに安くない&福井着が朝9時台と比較的遅いため敦賀へ移動すると時間が中途半端で何もできないのが難点だった。そんな中、シルバーウィークの京都旅を通じてようやく気付いた、京都行きのバスなら安いし早朝に着くの選び放題だから京都から電車で行けばいいじゃないか、そしたら帰りも京都にすればまた観光できるじゃないかと…。



かくして、今回もバスタ新宿から出発です!前回の京都旅と違うバス会社だったはずなのに今回もD10だった。幸先が良い。



6時前には京都に着いちゃったので、朝ごはん食べながらバスの時刻などを調べてから敦賀へ出発!京都旅の時に滋賀も行ったのに結局一度も目にすることのなかった琵琶湖沿いを走る。



敦賀到着。これまで敦賀は駅とニューサンピアの往復しかしたことないので海側に出てみることにする。バスの路線がまるっきり違って一度駅方面まで戻ることになるので、フリーパスを購入した。敦賀のバスは200円なので、3回乗るならフリーパスの方がお得。



海の方に「赤レンガ倉庫」というのがあるのでその中でカフェとか買い物とかゆっくりして、ランチしてニューサンピア向かうか〜、と思ってたんだけど、なんか想像してたのと違って小規模。しかも頼みのレストランが結婚式で貸切だった。



が、偶然にもチェブラーシカの展示会開催中。これはラッキー!



敦賀の赤レンガ倉庫は1棟がレストラン、もう1棟がジオラマ館になっていて、チェブラーシカ展はその中で行われていた。敦賀は明治〜昭和初期にロシアへの玄関口となっていた所で、その縁での開催だろう。館内は当時の敦賀の様子が再現されているんだけど、ウラジオストク、近すぎじゃない…?あんな近かったら私敦賀に来るたびに行くよ笑



チェブちゃんは実際に撮影で使われたものとか展示されています。



ロシアウェア着てるチェブも。



敦賀の列車にのるチェブたち。かーわーいーいー!



で、ジオラマの中にもチェブとゲーナが隠れていると聞いて探したんだけど、デカっwwwこれホームに現れたらめっちゃ怖いwww



SNS投稿とジオラマのチェブを探し出すと記念品貰えます。わーい。



赤レンガ内で行こうと思ってたレストランが貸切中だったので、これまでも敦賀でよくワードだけ聞いていた「ヨーロッパ軒」に行ってみることにしてバス移動。



老舗大衆食堂で常に混んでいる。名物のソースカツ丼の普通盛りを注文したら「ごはん400g入ってるけど大丈夫ですか?」と言われて(どこが普通だ)、さすがに大丈夫じゃないのでミニにした。ミニでも200gあるのでかなりのボリューム。



駆け足で敦賀観光してニューサンピアへ移動。スケート教室が16時からなのでチェックインして部屋で着替える。これまで敦賀の教室参加した時は満室で取れなかったり日帰りだったので宿泊するのは初。当初シングルルーム予約してたが延期で日程変わったら部屋が空いてないとのことで、同じ値段で和室にグレードアップされていた。



そしてスケート教室。最近週末がずっと潰れてるので全く滑っておらず心配だったが、敦賀来ると上手くなるんだよなぁ。広く使えるのと、やはり嗣彦先生は教えるのが上手い…。なおこの高い天井の壁の裏が庭園になっていて、和室の階の廊下から見れるようになっているのを今回初めて知りました(が、写真撮るの忘れた)。


夜は美味しいご飯と小塚氏のトークショー。なんか人とお酒飲みながらごはん食べるの久しぶりすぎて幸福度が高かった。和室だし部屋飲みもしたかったんだけど温泉入って部屋戻ったらパタッとスイッチが切れて、電気つけっぱなしのまま寝落ちしたのだった。










SW最終日にして京都最終日。この日はこれまで行ったことのないエリア、嵯峨嵐山を散策した後、中心部に戻ってまだ見てない新撰組ゆかりの地に寄り、帰りのバスに乗る前に銭湯で汗を流す予定。


前日に「鬼滅の刃」見ながらしこたま飲んじゃったのでフワフワした状態のまま起きてギリギリまで荷造り。泊まっている宿はチェックイン前後の荷物預かりを一切やっていないので、スーツケースをゴロゴロしながらまずは駅に向かって帰りのバス停に近いコインロッカーに荷物を預ける(今回、宿泊地がずっと一緒だったのでリュックじゃなくてスーツケースで来た。移動のない旅は楽ね、やはり)。


嵯峨野観光もまた剣心ツアーを参考にしてみたが、ここは物語に絡むところではなくアニメのEDで写真が使われているだけなので遠そうなところは端折ることにした。周辺散策して雰囲気だけ味わえればいいや。



JR線で京都駅から嵯峨嵐山駅へ。少し歩くと、わあー観光地だ!これはいいー!初日以来の「ザ・観光地」な京都にテンションが上がる。しかも初日の清水寺周辺は早朝だったので、お店が開いている時間に来るとまた楽しさも変わるなあ。


さっそくEDで使われていたかの有名な「竹林の小径」へ。う、美しい…!しかしやはり観光地の日中、人が写り込まないタイミングを見計らうのがなかなか大変。


続いて天龍寺。裏側から入ったので最初は庭園のチケットのみの販売。建物の中に入るには表で別途チケット購入が必要になる。広大な美しい庭園にレンタル着物のカップルや若い女子のグループなどが歩く風景が鮮やか〜。ああ、いいね、若いっていいね。


室内から庭を眺める人たちを見てたらやっぱり中に入りたくなったのでチケット買う。ここ天龍寺は「るろうに剣心」ではなく幕末維新そのものに縁のある場所で、長州藩の宿舎だった。そして禁門の変の時に長州藩を手助けしたということで、薩摩藩の村田新八が焼き払ったそう(現在の建物のは明治時代に再建されたもの)。そしてその村田新八は西南戦争で西郷とともに命を落とし、その息子で戦死した村田岩熊が例の「田原坂の美少年」のモデルのひとりと言われている。繋がる、繋がるよ私のオタク趣味が日本史の知識として繋がっていくよ…!


庭を歩いていた時はこの部屋に何組も観光客が佇んでいたのですが、絶妙なタイミングで中にも外にも誰もいない状態で撮影することができた。


天龍寺拝観を終え、渡月橋へ向かってみる。途中に大量の羅漢像が並ぶ「嵐山羅漢」があった。時々めっちゃいい表情のやつがいるので楽しい。


渡月橋へ。小雨がパラついていたので今日は人が少ないらしい。そしてその雨がだんだん強くなってきて傘ささないとちょっと辛いレベルになってきたので、昼食に入ることにした。


そういえば私は京都に来たのに大好物の湯葉を食べてないじゃないか、と最終日にして気が付いたので、この日は湯葉ランチにしようと決めていた。汲み上げ湯葉の美味しさ、そして食べても食べてもまだある!って位のボリューム…ああ幸せ。リサーチしていったおかげもあり、京都はほんとランチ美味しかったなあ。まあ高いから毎日こんな生活できないけど。


屋台で売ってる湯葉使ったスナックなども気になったし、抹茶スイーツも食べたかったしインスタで話題になってた五木茶屋のランチもしたかったけど胃袋はひとつしかないから仕方ない!


スマホの電池が限界になったがこの周辺には充電できるカフェがなさそうなので、渡月橋渡って阪急線の嵐山駅から京都市中心部に戻ることにした。嵐山、また京都来る機会あったら再訪しよう。


烏丸周辺のカフェで充電休憩して(そういう時間にブログ書いてます)、復活したところで前から目をつけていたカヌレ専門店に30分ほど歩いて移動。が、やってなかった!(だから下調べしろと…)だけど歩き回ったおかげで偶然桂小五郎さまの像に出会えたから良しとする。


歩いて河原町周辺に行き、あの「池田屋」の跡地へ。今は居酒屋になってるというのは知ってたんですが、池田屋という名前のはなの舞だったとは。


その後、やはり目をつけていた別のカヌレのあるカフェに入る。三条のホテルの中にあるUshiroというオシャレカフェです。

カフェで閉店の19:00ギリギリまで休憩してから移動。雨が突如激しくなったのでアーケードの中を通る。飲食店は20時までなのでこの中から何か探して夕飯、と思っていたけど、湯葉ランチとカヌレでもう胃がパンパンになってしまったので断念した。


比較的近くで遅くまでやってる銭湯を調べて見つけた「五香湯」へバスで移動。予定よりはやくお風呂タイムになってしまったので22時ごろまでゆっくり休憩。


五香湯から駅へ徒歩で戻ると途中で西本願寺を通る。平日のお昼休みに来たときに新撰組が宿泊していた「太鼓楼」を見つけ出せずに帰ってきちゃったので(通り沿いにあるので、たぶん本願寺敷地内からだと行けないのではないかと)ここでようやく撮影。最後まで新撰組ゆかりの地をまわった旅となった。

五香湯から駅の反対側にあるバス停まで歩くとなにげに30分くらいかかるので、荷物を取ったりしていたら22:45の出発ギリギリになってしまった。京都滞在、これにて終了。







京都生活も残り2日。土曜日はいよいよ鬼滅の刃の無限列車編のテレビ初放送を控えているが、21時からなのでわりと余裕がある。というわけで、再び京都の外に出ることにした。


目的地はお隣滋賀県。「るろうに剣心」の実写映画シリーズのロケ地が滋賀県に多く存在するので、その中のいくつかに行ってみることにする。滋賀県は十数年前の近畿ブロックで行ったのみなので、「白地図のグレー部分を埋める」も目的の一つである。


滋賀県内だけでも様々なロケ地が点在しているが、今回は比較的近くに集中している大津エリアに絞り、余裕があれば近江八幡に行こうという計画でいた。当初の計画は三井寺、日吉大社、安楽律院。ただ、安楽律院は廃寺で、足のない私は歩く以外に方法がないのだがかなり遠そうなのがなぁ…体力が残ってなければやめるかも、というつもりでいた。



京都駅から10分ちょっとで大津へ。尼崎行った時も思ったけど京都のまわりって県境が集中してて、ぼーっとしてるとあっという間に他県に行っちゃうな。大津駅から京阪上栄町駅へ徒歩で移動すると、すっかりローカルな景色に。



びわ湖浜大津で一度乗り換え、三井寺駅へ。歩いて10分ほどで三井寺に到着。



正面じゃないところから入ってしまったので受付でいただいたパンフレットの散策コースと逆周りになり、観音堂からスタート。


金堂などのメインどころがあるエリアに向かっていく間にもロケ地紹介の看板が立っている。色んな作品が撮影されてるのねここ。



そしてるろうに剣心の看板あったー!



この橋です。唐院のとこにある橋。



第一作で剣心が刃衛から薫殿を助けるところですね。この橋から剣心が飛び降りてくるんだけど、立ってみると高くてこわい!私はワイヤーあっても飛び降りれない…役者さんすごい。



この橋の下の道を上った先にある林が映画冒頭の鳥羽伏見の戦いのロケ地だそう。ちょっと一人で歩くの怖くて深入りできなかったので、この中のどこなのかまではわからなかったけど…。


そして三井寺のあまりの広さに既に疲れてしまった私、安楽律院に行くのは諦めることにした。この林にびびって、一人で山の中の廃寺に行くのに怖気付いてしまったというのもある。


三井寺を後にし、京阪電車の終点、坂本比叡山口へ。ここは滋賀県側から延暦寺に行く起点でもある。



駅から日吉大社へ向かう石垣の道も、新撰組が登場するシーンとかに使われてたらしい。



日吉大社へ。



映画で使われてたのは西本宮側から入ってすぐの所にある大宮橋。維新志士を抜けた剣心が新井赤空から逆刃刀を受け取るシーン。



撮影場所は大宮橋周辺のみだけど、せっかく拝観料払ったので西本宮、東本宮を回ります。更にその上の奥宮に金大巌というのがあるのですが、遠そう&急勾配なのでやめた…。


安楽律院を諦めたので、お昼過ぎくらいに大津エリアの聖地巡礼を終えてしまった。京都に戻るには早すぎるし、一度大津駅に戻って琵琶湖の反対側に行く感じになるが近江八幡行くかな。


目的地は八幡堀。近江八幡駅からバスで行くのだが、疲労で寝過ごしてしまい20分強歩いて戻ることに…今回ほんとバス使いこなせてないな。



で、なんとか八幡堀に到着。ここは第一作で正体隠して流れてきた剣心が船乗ってたシーンをはじめ、神谷道場のある街という設定なので日常のシーンなどでもよく出てくる。いやあ、ここは雰囲気あって良いね!ルートに組み込んで良かった!


時刻は15時過ぎ。そういえば京都でオシャレカフェには行ってるけど京都らしい甘味を食べてないな、と思い、戻って駅周辺を物色することにした。



京都の駅ビルでいつ見ても行列ができている中村銘茶。ここで抹茶パフェでも食べようと思い並んだものの、



この日ここまでまともにごはんをたべていなかったので、メニュー見たら甘味よりもちゃんとしたごはんが食べたくなり茶蕎麦と抹茶ゼリーのセットにした。めっちゃお茶だった…蕎麦の香りも、抹茶塩の塩味も、ゼリーの甘味も全て茶の香りの後ろに息を潜めている感じ。今まで私が食べてきた抹茶フレーバーって何だったんだという圧倒的存在感だった。


翌日はチェックアウトなので、駅でお土産などを買って宿へ戻る。シャワーも浴びてお酒とおつまみも用意して、万全の状態で鬼滅の刃に備えたのであった。











2日間の平日をほぼ宿に引きこもって過ごした後、秋分の日に再始動。


この日の行き先のメインは比叡山である。理由は「るろうに剣心」で志々雄一派のアジトがあるという設定だったから。それだけである。


今回も初日と同様に剣心ツアーを参考に、これのAプランの2日目に沿って移動する(なお1日目の嵯峨野は最終日に行く予定)。


テーマがるろうに剣心ということを考えれば、比叡山へは徒歩で行くべきだ。当時の人は徒歩移動だからな。10歳の弥彦がひとりで比叡山中腹のアジトまで歩いて行ってたからな。が、3〜4時間かかるみたいだし、鬼滅の刃までに帰りたい、かつ、京都駅近くのカフェに寄ってから帰りたいし、などと思っていたので、比叡山の前に寄る京都御苑に早朝に行けるくらい早起きできたら歩こうかな、と緩く考えていた。

その結果、ぜんぜん起きれなかった上にスマホの充電を忘れていたので出る前にやったら宿出るのが10時近くになってしまった…こりゃダメそう。


それでもギリギリまで徒歩で行く可能性を残しつつ、とりあえず京都御苑に到着。天気が良すぎてこの砂利道を歩いただけで心が折れかけた。


京都御苑もとても広いので全部は回らず、丸田町通り側から入って蛤御門まで。


ここが禁門の変が起こったところで、銃痕も残っている。毎回思うけど、国内で殺し合いしまくってたのがまだ約150年前と思うと、今の(一応)平和な世の中がいつまで続くがわからんよな…。


朝昼兼用で、コーヒーショップヤマモトへ。京都御苑から比叡山へのアクセス起点になる修学院駅への移動線上には無いのでわざわざ寄る形になるが、方向的にはここで組み込むのが一番効率良かったので。…と思ったんだけど、どうも私はバスを使いこなせず乗り間違えまくって結局彷徨う羽目になってしまった。


ここの牛カツサンドが食べたかったの(何か肉ばっかり食べてるみたいだが観光してない日は野菜ばかり食べてる)。これでエネルギーつけて比叡山のぼるぞー!というのが当時の狙いだったが、ここまでの移動に時間がかかりすぎたのでもう諦めた。修学院ではなく、ケーブルカー起点の八瀬比叡山口まで行きます。


ケーブルカー、ロープウェイ、そしてシャトルバスを乗り継いで比叡山延暦寺の東塔エリアへ。日差しにやられたのかロープウェイの降り場からシャトルバス乗り場までの移動でクタクタになってしまい、延暦寺参拝はもう足を引き摺るようだった…よかった登山しなくて…。


根本中堂ってこんな近代的な建物なのか、とアホな勘違いをしてしまった…。


そうではなく、現在建物がすぽっと覆われており大改修中なのだ。中庭部分に足場が組まれて改修の様子を見学できるようになっている(ここだけ撮影可)。


現在は特別拝観で普段公開されてないらしいところもチケット買えば見れたので東塔エリアは全て見た。


徒歩をやめたおかげで早めに切り上げることが出来たので、予定より早い15:19のバスで京都駅までまっすぐ帰る。京都駅戻ったのは17時近くで、そこから行きたかったカフェも10分くらい歩くので結果的にはこれが鬼滅までに帰れるコースのギリギリだったな。


行きたかったのはTHE ROOT2 HOTELの1階にあるカフェです。


このオシャレビンに入ったドリンク(写真はピンクラテ)で大好きなマカロンを食べたかったのです。ここで一休みして、宿まで歩いて戻ると18:20。絶妙な時間配分。鬼滅までにシャワー浴びて、洗濯機回しながら鑑賞したのだった。






京都3日目、この日は鬼滅の刃がないためw時間をたっぷり使える。かつ、2日連続で歩きすぎたのでちょっとユルめの行程にしたい。ということで

、午前中は壬生周辺の「新撰組」めぐり、午後というか夕方は兵庫県の尼崎に移動して「尼子騒兵衛展」を見るという私の趣味全開なまさに「オタ活」をする。


壬生寺は8時から入れるのでそれを起点に動こうと思ったが、2日間の疲労が取れず早起きできなかった。結局10時前くらいにようやく始動。



壬生寺道のバス停からだと八木邸に先につくため、こちらから入ることにした。定期的にガイドつきツアーが行われており、ちょうど10時半からの回があと10分ほどで始まるところだった。


八木邸は新撰組の屯所として有名で、初代局長芹沢鴨らが暗殺された場所である。中は撮影禁止だが、芹沢らが実際に斬られた部屋で解説が行われ、部屋には刀傷や逃げようとした芹沢が躓いた文机が残っている。9月18日が命日だったので法要が行われたばかりだった。八木家は現在も続いておりこの家に住んでいらっしゃるそう。いや、歴史的場所なんだけど、ここで人斬られましたって言われるとある意味事故物件なんだよな…とゾクリとしてしまった。



続いて隣の壬生寺へ。「るろうに剣心」愛読してた中学生の頃も修学旅行の班行動で来てこの近藤勇像の写真撮ったなあ。八木邸で暗殺された芹沢らもここに眠っている。

さて、私の新撰組の一番の推しは山南敬助である。というのは、前にも書いたけど2004年の大河ドラマ「新選組!」で堺雅人さんが演じた山南がミステリアスで良すぎたからで…他の新撰組のドラマ、漫画、小説、ゲームなどで山南って全く印象に残ってない(というか、出てこないのも多いような)んだけど、あの大河ドラマの山南が強烈すぎたのだ。

というわけで今回は山南関連の場所はマストと思っていたのだ。粛清される直前に山南が幽閉されていた前川邸は八木邸のすぐ近くのはずなんだけど、あれ、見つからなくて周囲をぐるぐる…


と、思ったら、やってませんでした。元々中は公開してなくて休日になると門の前にお土産が並ぶだけのようだが、緊急事態宣言でお休み中なのかな。ここで恋人の明里と最後の別れをしたのか…ああ山南さーん!


せめて山南さんのお墓参りに行こうと光縁寺に行ってみたが、こちらもコロナで新撰組関連の参拝はできないようになっていた。ああ、推しに会えない…。

当初の予定では新撰組や維新志士も通った花街、島原へ行こうと思っていたのだが、そこも見学できる「角屋もてなしの文化美術館」が緊急事態宣言中休業しているとのことだったので移動をやめた。

昼食は壬生寺周辺から歩いて30分くらいのステーキ丼屋「佰食屋」に行ってみようと思っていた。京都市内、バスと地下鉄合わせて3回乗るならフリーパスの方が安いみたいだけど「ちょっと頑張れば歩ける」の連続だから歩いちゃって気がつくと歩数がすごいことになってるな。


で、行ったもののそこもコロナで休業中だったので(調べてから行けよ)、ちょうどすぐ近くにあった別のステーキ丼屋「食堂肉左衞門」に入ってみたらめっちゃ美味しかった。1日目鴨、2日目豚、3日目朝、やばいな毎日肉食べてるな。


飛び込みで入った店だったけど、ここに土方(右、山本耕史さんのサイン)来てるじゃないか!


時間短縮のため1駅だけど電車移動して二条城へ。ここも新撰組が警護を任された将軍様が上洛した時に滞在した場所なので聖地巡りに組み込んでみたのだが、こちらも休業中だったー!(だから調べてから行けよ!)


二条城をこの日のコースに入れたのは比較的近くにあるhereというカフェに行ってみたかったのもある。京都市内のオシャレカフェで甘いもの食べるのも今回やりたかったことなのだ。コンセントもあるのでここでスマホも休憩タイム。


そして夕方、尼崎へ移動。尼崎に着いてから気づいた、「尼子騒兵衛展」だけでなく市内の色々な場所で尼子先生、乱太郎関係の展示会が同時開催されてるのね。知ってれば尼崎を丸一日取りたかったなあ。

そして1本で来れるのでJRの尼崎駅に来てしまったが、大阪で阪神線に乗り換えた方が安いんだな。しかもJRの駅めっちゃ離れてるので、阪神線の駅からの方が近い尼崎総合文化センターにはバスで行くことになり、更に乗り間違えて反対方向に行っちゃったので時間とお金を無駄にしてしまった。今回、周遊旅じゃないので移動計画がかなり適当なためこういうミスが多いんだ…。


17時前くらいに会場着。一部を除いて撮影禁止だったが、「落第忍者乱太郎」しか知らなかった尼子先生作品をデビュー前のものからたくさん原画で見ることが出来た。中学生の頃から日本史を題材にしたギャグ漫画をノートに描いていて、その頃からめちゃ上手い。


尼子先生が実際に使われていた道具と共に仕事部屋が再現されていた。カラー原稿はポスカ使われてるからビビッドで可愛いねえ。19時の閉館ギリギリまでたっぷり鑑賞した。


京都戻ってからだと遅くなるし、せっかくなので尼崎で夕飯食べて行くことに。商店街の七福神の挿絵も尼子先生が描かれていた。


結局あまり惹かれる店が見つからなかったので駅ビルのラーメン屋で夕食。今日はこってりしたものを食べ過ぎた。翌日からの平日は部屋で仕事するから、コンビニのサラダだけで過ごそう。


帰りは阪神尼崎駅から大阪経由で帰ってきた。宿に戻る前にもう一箇所新撰組関連の場所へ。駅近くの油小路。


ここは新撰組から分裂して御陵衛士を結成した伊東甲子太郎が暗殺された場所。一緒に離脱した藤堂平助らも伊東の遺体を奪還しようとここに来て殺された。藤堂平助もけっこう推しなんですよね…。


京都オタ活旅、これにて前半終了。平日は宿で仕事します。



なお宿が西本願寺のすぐ近くなので、平日の昼休みにさくっと行ってきました。ここも新撰組の屯所だったところ。新撰組、剣にめっぽう強い若者たちグループってだけでやっぱロマンあるよね…ここの敷地で訓練と称して大砲ぶっ放して迷惑かけてたとか、最高じゃないか(おい)。