小塚アカデミーの敦賀キャンプのためにまたまた敦賀へ出向くことに。
敦賀はこれまで新幹線、福井発着の夜行バス、京都発着の夜行バスでアクセスしていたが、これまでの最安ルートだった京都発着の夜行バスが今回はあんまり安くない。その代わりにダイレクトに敦賀に行ける夜行バスがこれまで使っていた福井発着バスの約半額であった。早朝に敦賀着いてどこか入れる場所はあるのかという不安は過ぎったが、駅の待合室あるしと思って最安ルートで有り余る時間を潰しまくる覚悟を決めた。
今回はバスタ新宿ではなく東京駅鍛冶橋駐車場から。数多くのバスの発車前の呼び込みをしていて何を言ってるかわからない雑多な感じがビシュケクのオシュ・バザールのバスターミナルを思い出した。バスは東京から敦賀→武生→福井→加賀温泉→小松と進んでいく。最初の停留所敦賀に到着したのは朝5時頃。降りたのは私含めて4人。他の方は車でのお迎えが来るようだった。暗くシンとした敦賀の商店街に一人取り残される。ああ、私だけ足がないこの感覚、ドバイの第2ターミナルに取り残された時を思い出す(ドバイの第2ターミナル、他のターミナルや街から孤立しててみんな誰かに迎えに来て貰ってた)。
一応この寒い中路頭に迷うのは嫌だったので早朝から行ける所は調べてはいたのだが、敦賀市、このご時世だということを差し引いても24時間営業している所がコンビニ以外ほぼない。マン喫ですらオープンは9時。あとは駅からは遠いがコメダ珈琲が7時オープン、氣比神宮が6時から拝観できる。
ということでまずは計画通り鉄道駅に移動し、待合室で6時まで時間を潰す。待合室にあった観光マップで今日行きたいところを再度確認。
6時を過ぎ明るくなってきたので氣比神宮へ。行く途中に8時オープンのガストがあることを把握。氣比神宮で時間をたっぷり使えたら、そこで朝食休憩でもいいかもしれない。
駅周りや商店街はすっかり雪はなくなっていたが、ここは雪かきした後の雪がまだこんもり残っていた。
氣比神宮の広さがわからなかったのでどれくらい時間を使うか決めてなかったが、さほど広くないし初詣の時期でもない早朝なので人もほとんどおらず、すぐにやることがなくなってしまった。時間は6時50分。ガストのオープンまであと1時間ここで待てないなあ。バスももう動いているし、コメダに向かって移動することに。
敦賀市内には銀河鉄道999や宇宙戦艦ヤマトなどの松本零士作品のモニュメントが多く存在する。出身地というわけではなくて、鉄道や港などのシンボルとしてらしい。
コメダ珈琲最寄のバス停は徒歩15分くらいのところにあり、反対側へ同じくらい歩くと敦賀湾に出るので先にそちらへ行ってみることにした。海辺へ向かう途中、なんの変哲もない住宅街を通るのが楽しい。
冬の敦賀のオススメスポットとして載っていたのが雪に覆われた松原海岸だったのだけど、もうすっかり雪が溶けてただの海岸になっていた。そして「湾」なのでうわぁ海だ!広い!みたいな興奮はないなあ。でも前回の敦賀で惜しいところで海を見なかったので、とりあえず海岸まで来れて良かった。
反対方向の海へ行っちゃったので30分歩いてコメダに向かう。ここで充電しながら朝食休憩。座ってると寝落ちしそうになるのを必死で耐える…。
この後のバスの時間などをリサーチし、事前リサーチではコースに入れていなかったけど駅のパンフ見て興味を持った「人道の港敦賀ムゼウム」に行ってみることにした。
前回訪れた赤レンガ倉庫のすぐ近くのバス停で下車。赤レンガ倉庫から港ってほんとちょっと歩いたら目の前だったんだな…なぜ前回それを惜しんで海を見ずに帰ったんだろうか…(バスの時間がなかったからか、そうか)。
海辺の公園を抜けたところにある人道の港敦賀ムゼウム。
なぜここに興味を持ったかというと、リトアニアで訪れた杉原千畝記念館と関係があるから。杉原千畝に「命のビザ」を発行してもらったユダヤ人たちが日本に入国したのがここ敦賀港なのだ。
あの遠きリトアニアからシベリア鉄道、船と乗り換えてはるばるこの小さな街へやってきたのだなあ。と、私の中でひとつの線が繋がる感覚だった。
館内は撮影禁止だったがユダヤ人たちが敦賀に到着した時の市民のエピソードなどがなかなか印象的だった。なんかこう、必ずしも「かわいそうなユダヤ人をたすけた日本人とのこころあたたまるエピソード」じゃないんですよ、一般市民レベルの話だと。街の銭湯が彼らのために風呂を無料開放したけどユダヤ人たちが入ったあとは垢だらけで入れたもんじゃなかったとか、リアルな声だなあと。
敦賀から入国したユダヤ人たちはその後アメリカなどに渡り、今も存命でご活躍されている方もおられる。そういう方々の「日本のおかげで今の私がある」という言葉は、その後の日本が太平洋戦争に突入した立場的に彼らの敵国になったとしても、個人レベルでの恩義というのは(建前があったとしても)残るものなのだなあと思う。一方で、その逆で戦争によってその国籍だけで個人間の信頼が揺らぐこともあるというのを今の状況で強く感じるし、改めてそれを切り離して考えなきゃな、それ以前に戦争はぜったいダメだなと考えさせられたのだった。
ムゼウム見学の後は歩いて博物館通りへ。旧大和田銀行の建物を使った敦賀市博物館のある通りで、レトロな街並みによくある古民家オシャレカフェでオシャレオーガニックランチ。博物館自体は見る時間なかったけど、たぶん敦賀はまたスケートで訪れるだろうしその時だな。
博物館通りを出たあとまたバスに乗って、13時過ぎにようやくニューサンピア敦賀へ。
と言っても、アカデミーの練習は17:30からなのでまだ時間がある。一般滑走で1時間ちょっとだけ足慣らしと、今回の課題のステップを予習。
一般滑走は17:00までなのでアカデミーの貸切ギリギリまで滑ろうと思えば滑れたけど、さすがに体が持たないので15:00のチェックイン可能時刻と同時にすぐ部屋に入って貸切開始まで1時間半昼寝することにした。本当はアカデミー申し込んだ時点ではニューサンピアの部屋が空いてなくて近くにある別のホテルを取っていたが、2日前にキャンセルが出て滑り込むことができた。他のホテルからの移動時間を取られると昼寝タイムが失われてたのでこれは助かった。
敦賀到着から12時間以上時間潰してから始まったアカデミーキャンプ。終了時間は21:00なので始まる前にコンビニで買っておいたごはんを半分だけ部屋で食べて再びリンクへ。
3時間みっちり氷に乗って、かといって私の技術だと暑くなるほどのスピードで滑れないから体温がどんどん失われて最後は足指の感覚がなかった。ニューサンピア内に泊まれたおかげで温泉で生き返る。翌日は7:20から練習スタートなので早く寝ようと思ってたものの、結局ベッドに入ったのは0時過ぎ。スマホ持ったまま寝落ちていたことに1時半くらいに気付いて一度起き、再度就寝した。















































































