スペイン旅行で一番感動したのは何ですかと問われれば、私は間違いなく闘牛だと答えます。実は、旅行の計画段階では、闘牛を観戦する予定はありませんでした。動物の殺生を楽しむという風習は日本人の感覚に合わないと言われていたからです。また、母は包丁で少し指を切ったくらいで大騒ぎする人なので、こんな人が闘牛なんか見て大丈夫だろうか、気分悪くならないだろうか、吐かないだろうか、不眠症にならないだろうか、それが心配だったからです。観戦を諦めるよう何度も説得しましたが、母親たっての願いでどうしても観てみたいと譲らなかったので、「どうなっても知らないからね!」と念を押したうえで、どこかで観戦できないかとリサーチを始めました。
色々調べてみると、バルセロナのあるカタルーニャ州では動物愛護のために2012年から闘牛が禁止されたとの情報が!バルセロナのモヌメンタル闘牛場はショッピングセンターに生まれ変わり、建物の円形の外観が面影を残すのみとなっていました。サッカー人気に押され、動物愛護団体の反対にあう、悲しいかな、これが闘牛の現実のようです。
しかしラッキーなことに、ちょうど5月はマドリードでサン・イシドロ祭(マドリードの守護聖人を祝うお祭り)が開催中で、しかもスペインの中で一番格式が高いラス・ベンタス闘牛場で毎日闘牛が開催されるとのこと。さらには、お祭り開催中は人気の闘牛士が多数出演するそうな。こんな絶好のチャンスを逃すのは惜しいので、良い席で観戦すべく、ソンブラ(日陰席、こちらが正面)のテンディド席(1階席)を予約しました。予約手数料込みで1人€45(チケット代€35.30)もしたよ!闘牛って、コンサートよりお高いのね!
あれほど闘牛観戦に否定的だった私ですが、いざ闘牛が始まると、母をさしおいて私の方が予想外にヒートアップして感激してしまいました。今日は私の感激っぷりを、なんとか文章に表現したいと思います。動物の死が苦手な方は、これ以降読み進めないことをオススメします。
2014/5/30にマドリードのラス・ベンタス闘牛場で行われた闘牛の内容は以下の通りです。

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トランペットのファンファーレとともに19:00ちょうどに闘牛が始まりました。時間きっかりに始まったは意外でしたね~(笑) 2万3千人を収容するスタジアム(コロッセオっていうのかな?)はほぼ満員。周りの観客を見渡すと、スペイン人の中でも中年以上の人が多かったように思います。楽器隊のテンポの良い行進曲に乗って、闘牛士たちが入場してきます。写真の先頭の3人が、本日のマタドールです。白い装いの人がミゲル・アベジャン、金色の装いの人がパコ・ウレニャ、赤と黒の装いの人がホセリート・アダメ。


純白の服をまとったミゲル・アベジャンが跪き、何やら祈っているようです。やはり闘牛は祭典の一部なんだなと思わせる光景です。手に持っている布のことをカポーテと呼びます。


!!!!な、なんか凄い牛が!!!真っ黒で、筋骨隆々で、大きく(今年5歳になる500~600kg程度の牡牛くん)、鋭い角を持ち、牛のくせに粗い気性で(牛って穏やかに群れるイメージ)、毛並みも汚い(一応牧場で育てられるそうですが、殆ど野放しで手入れなんて出来ないんでしょう)!即座に歴史の授業で習ったラスコーの洞窟壁画の牛を連想しました。1万5千年前のフランスで、クロマニョン人が描いたという、あの牛そのまんまの動物が目の前で走っている光景を想像できますか?この日は6頭の牛で闘牛が行われましたが、闘争心の低い牛は闘牛としては使い物にならないので、予備に2頭の牛が用意されていました。


ピカドールは馬に乗って槍を牛の首に突き刺します。牛の頭を下げさせるためだそうな。たぶん、僧帽筋を狙っているんじゃないかなぁ。頚髄や胸髄を痛めて牛を弱め過ぎないないことが重要らしいです。この日の闘牛では、6頭とも槍を刺した後に柄をうまく外すことが出来ず、もたついていました。
現代の闘牛では、馬は怪我をしないよう鎧を着て、怖がらないように目隠しをされています。かつてはこの様な保護具などないため、馬が牛の角に腹を引き裂かれるなど事故が多く、それ故ピカドールもマタドールと同じくらい危険な役回りだったそうで、マタドールと同じくらい人気があったそうです。安全性と引き換えに、ピカドールの人気は低迷していったそうな。ピカソもピカドールに憧れており、牛をモチーフにした絵を多数描いています。


続いて、1対の飾りのついた銛(もり)を合計3回さしていきます。だいたい上手く出来ていたかな。

いよいよムレータという赤いマントを持ったマタドールが登場。佳境です。写真はミゲル・アベジャンによる1頭目の闘牛です。後で知ったのですが、写真のように膝を真っすぐ伸ばしてとっさの動きが出来ないようにして、敢えて危険を犯しつつジリジリと牛に近付くというのも、パフォーマンスの1つなのだそうです。テンポよく牛を交わすと、観客が「オーレ!」と掛け声をかけて盛り上がります。

途中までは良かったのですが、マントで牛を交わしている最中に、牛が角でミゲルの足を引っ掛け、彼は壮大に転倒。映画タイタニックの、甲板から人が落ちて行き、スクリューに当たって、マッチ棒の如く不自然なくらい真っすぐな姿勢で回転しながら落ちていく、その映像そのまんまが目の前で実際に起こりました。私は牛が殺されることは予め心づもりして平気だったのですが、まさか名の知れた闘牛士が死の危機に立たされるとは想像していませんでした。「だめかも!」そう思って、とっさに手で目を覆いました。暫く観客がざわついていたので暫く目を伏せていましたが、そっと指の隙間から様子を伺うと、特に怪我もなく立ち上がっていました。頼むから、危険なコトしないでください・・・。怖すぎます・・・。
そして、最後の一撃。細い剣で狙いを定めています。ミゲルは今しがた危険な目に会ったばかりだというのに、全く怯むそぶりがありません。寧ろ、「完璧に決めてやる」と言わんばかりのポージングではないでしょうか。牛の血で衣装が汚れてしまったのが痛々しいです。肩甲骨の間で肋間を通り、心臓・大動脈・大静脈を狙いつつ、吐血しないように肺や気管支は切らないのが理想らしい。想像するだけで難しそう。一撃で、牛の動きが止まりました。

ミゲルは1頭目の闘牛では危なっかしい場面もありましたが、2頭目(4番目の闘牛)では転倒することもなく、素晴らしい闘牛を見せてくれました。観客総立ちで、多くの人が出場者が描かれた白い演目をヒラヒラと振っていました。ブーイングなのかなと思ったら、これは「感動した!彼(ミゲル)に褒美を与えてくれ!」という観客の意思表示なのだそうです。しばらく後、彼は褒美として牛の耳を1枚貰い、誇らしげに空に掲げ、ガッツポーズをしていました。
ちなみに、褒美のレベルとして、尻尾>耳2枚&肩車で退場>耳1枚、という順に決められているそうです。ラス・ベンタス闘牛場はスペイン随一の闘牛場であり、伝統として今までに尻尾を報償として与えたことがないので、ここでは耳2枚を取ると最高の闘牛だったという証になるそうです。
パコ・ウレニャの闘牛は、1頭目(2番目の闘牛)で牛が吐血、2頭目(5番目の闘牛)では牛に蹴飛ばされ足首を噛まれたようでした。捻挫か骨折か、それなりの怪我をしたようで足を引きずりながらも最後の一撃を刺し、その後すぐに退場しました。
ホセリート・アダメは2頭ともそつなく最後までやり遂げました。ミゲルと比較すると淡白な闘牛で、私はこういうのもスマートで良いなと感じましたが、観客の好みではないようでした。写真は、牛を交わすホセリート。我ながら良い写真が撮れたかなと思います。

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闘牛を観戦し終えての感想ですが、ごくシンプルに言えば、“感動しました”。あーだこーだつらつらと思いの丈を書き連ねることもできますが、この表現が一番相応しいように思います。動物愛護の点が問題になっているようですが、私はこれは列記とした狩猟民族の文化だと確信しました。祭や神事で生け贄を捧げる、こういうことは古代から行われてきたもののはず。今後の世論の流れ次第では世界的に闘牛が禁止されることもあり得るでしょうけれど、この伝統は是非守り抜いてほしいと思いました。
また、見世物としての闘牛というのも、なんとなくわかった気がします。生きるか死ぬか、そのぎりぎりを見極め、また、よりデンジャラスな状況を作り出した上で止めを刺す、これが観客の望む良い闘牛であるし、闘牛士もそのような闘牛を行えるように努力するのでしょう。この日は3人のマタドールが出場しました。その中でもミゲル・アベジャン、この人は良い闘牛を見せたいという思いが強過ぎて、牛に接近し過ぎるなどやや危なっかしさがあるものの、牛と真正面から対峙して情熱的な闘牛を見せてくれました。また、牛に対して闘争心をむき出しにするところや、仕留めた時の「してやったり!」という表情、良い闘牛を行った褒美として褒美として耳を貰った時の堂々としたガッツポーズなど、感情をストレートに表現するところに引き込まれました。彼の講堂って、動物の根源の欲望というか、情動みたいなものなのかもしれない。とにかく、言葉で表現しにくいのだけれど、私は思いっきり魅せられてしまいました。
p.s. 期間限定かもしれませんが、その日の闘牛のダイジェストが公式サイトで公開されています。
http://www.las-ventas.com/noticia.asp?codigo=5984