NEJM abstract MSI-H大腸癌には抗PD-1抗体が著効する? | えりっき脳内議事録(えり丸)

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Diary and memo written by a pathologist.

PD-1 Blockade in Tumors with Mismatch-Repair Deficiency.
ミスマッチ修復欠損腫瘍におけるPD1阻害
Le DT. et al. N Engl J Med. 2015 Jun 25;372(26):2509-20.

久々に論文でも読んでみようかと思いまして。論文要旨を取り上げ、コメントをするという作業は、実は多大な労力を必要とする作業なので、ここ暫くは体調不良だとか多忙だとかを理由に記事執筆は封印しておりました。んが、この度、私がかねてより興味のある癌研究分野のお話であること、そして、病理の仕事に役立つ話であること等、自己満足にとどまらず実臨床に活用しうる話題であるため、久々に記事にしてみようと重い腰をあげました。

Background Somatic mutations have the potential to encode "non-self" immunogenic antigens. We hypothesized that tumors with a large number of somatic mutations due to mismatch-repair defects may be susceptible to immune checkpoint blockade.

背景: 体細胞遺伝子変異は「非自己」を示す免疫原性抗原をコードする可能性がある。我々はミスマッチ修復の欠損により多数の体細胞変異を有する腫瘍は免疫チェックポイント阻害剤に対する感受性が高い可能性があるという仮説を立てた。

【ミスマッチ修復 mismatch-repair】
細胞のDNA複製の際に生じた誤った塩基対合(ミスマッチ)を発見し、修復する機構をミスマッチ修復という。MLH1, MSH2, MSH6, PMS2の4つの遺伝子から生合成された蛋白質が複合体を形成し、その役割を担う。ミスマッチ修復に異常があると、様々な遺伝子の傷が修復されないまま残ることになる。また、マイクロサテライト(1~数塩基の繰り返し配列)はDNA複製の際にミスマッチを起こしやすく、修復機構に異常があるとマイクロサテライトの長さが変化していく。この現象をマイクロサテライト不安定性(microsatellite instability, MSI)と呼ぶ。

【MSI(microsatellite instability)検査】
患者の腫瘍組織と正常大腸組織(血液で代用してもよい)の5箇所のマイクロサテライトをPCRで増幅し、反復回数を比較する。腫瘍組織のマイクロサテライトの反復回数が正常組織と異なる場合はMSI陽性とする。
MSH-H 2箇所以上のマイクロサテライトでMSIを認める microsatellite instability-high
MSH-L 1箇所のマイクロサテライトでMSIを認める microsatellite instability-low
MSS MSIを認めない。microsatellite sensitive

【免疫染色でより簡便にMSIを評価する】
MSI検査はミスマッチ修復を直接的に評価する方法であるが、高額な検査であることに加え、煩雑な検査方法であり一般病院でルーチンで行うことは困難な検査である。そこで、ミスマッチ修復を担当する4つの遺伝子(MLH1, MSH2, MSH6, PMS2)の免疫染色パターンで、MSIを評価する。正常では4つの遺伝子はびまん性に発現するが、遺伝子異常があるとその発現が消失する場合が多い。MSI陽性例の97%は免疫染色でピックアップ出来るとのデータがある(偽陰性率3%)。現在は保険未収載の検査であるが、今後はMSI検査の代わりに免疫染色が普及するのではないかと言われている。

【リンチ症候群 Lynch syndrome (HNPCC; hereditary nonpolyposis colorectal cancer)】
別名HNPCC(hereditary nonpolyposis colorectal cancer)とも。ミスマッチ修復遺伝子(MLH1, MSH2, MSH6, PMS2のいずれかの遺伝子)に生殖細胞系列変異を有し、マイクロサテライト不安定性により様々な癌が発生する。常染色体優性遺伝性疾患。臨床像には下記の様な特徴がある。
 1.若年発症の大腸癌(50歳未満)
 2.多発癌(同時性・異時性)
 3.子宮内膜癌、卵巣癌、脂腺系腫瘍、胃癌、胆道癌、膵癌なども発生する
 4.家族歴(いわゆる癌家系)
 5.右結腸に好発し、病理組織学的に低分化腺癌が多く、強いリンパ球浸潤が見られる
日本における大腸癌の4%はリンチ症候群によるものと推測されている。アムステルダム基準II(問診)による1次スクリーニングによってリンチ症候群が疑われた場合は、2次スクリーニングとしてマイクロサテライト不安定性(MSI)検査または4つのミスマッチ修復タンパクの免疫染色を行う。最後に、4つの遺伝子のいずれかに変異を有する場合はリンチ症候群と確定する。

Methods We conducted a phase 2 study to evaluate the clinical activity of pembrolizumab, an anti-programmed death 1 immune checkpoint inhibitor, in 41 patients with progressive metastatic carcinoma with or without mismatch-repair deficiency. Pembrolizumab was administered intravenously at a dose of 10 mg per kilogram of body weight every 14 days in patients with mismatch repair-deficient colorectal cancers, patients with mismatch repair-proficient colorectal cancers, and patients with mismatch repair-deficient cancers that were not colorectal. The coprimary end points were the immune-related objective response rate and the 20-week immune-related progression-free survival rate.

方法: 抗PD1免疫チェックポイント阻害剤であるペンブロリズマブの臨床活性を評価するために、ミスマッチ修復欠損を有するおよび有さない進行転移性癌患者41人において第2相臨床試験を行った。ミスマッチ修復が欠損している大腸癌患者ミスマッチ修復が正常に作用する大腸癌患者ミスマッチ修復が欠損している非大腸癌患者に対し、ペンムブロリズマブを体重1kgあたり10mgを14日毎に経静脈的に投与した。主要エンドポントは免疫関連客観的反応率と20週における免疫関連無増悪生存率とした。

Results The immune-related objective response rate and immune-related progression-free survival rate were 40% (4 of 10 patients) and 78% (7 of 9 patients), respectively, for mismatch repair-deficient colorectal cancers and 0% (0 of 18 patients) and 11% (2 of 18 patients) for mismatch repair-proficient colorectal cancers. The median progression-free survival and overall survival were not reached in the cohort with mismatch repair-deficient colorectal cancer but were 2.2 and 5.0 months, respectively, in the cohort with mismatch repair-proficient colorectal cancer (hazard ratio for disease progression or death, 0.10 [P<0.001], and hazard ratio for death, 0.22 [P=0.05]). Patients with mismatch repair-deficient noncolorectal cancer had responses similar to those of patients with mismatch repair-deficient colorectal cancer (immune-related objective response rate, 71% [5 of 7 patients]; immune-related progression-free survival rate, 67% [4 of 6 patients]). Whole-exome sequencing revealed a mean of 1782 somatic mutations per tumor in mismatch repair-deficient tumors, as compared with 73 in mismatch repair-proficient tumors (P=0.007), and high somatic mutation loads were associated with prolonged progression-free survival (P=0.02).

結果: 免疫関連客観的反応率と免疫関連無増悪生存率は、ミスマッチ修復が欠損している大腸癌患者において40%(10例中4例)と78%(9例中7例)、ミスマッチ修復が正常に作用する大腸癌患者において0%(18例中0例)と11%(18例中2例)であった。無増悪生存期間と全生存期間の中央値は、ミスマッチ修復が欠損している大腸癌ではコホートを達成できず、ミスマッチ修復が正常に作用する大腸癌ではそれぞれ2.2ヶ月と5.0ヶ月であった(増悪および死亡ハザード比0.10[P値<0.001]、死亡ハザード比0.22[P値=0.05])。ミスマッチ修復が欠損している非大腸癌患者はミスマッチ修復が欠損している大腸癌患者と類似の反応を示した(免疫関連客観的反応率71%[7例中5例]、免疫関連無増悪生存率67%[6例中4例])。全エクソームシークエンスにより、ミスマッチ修復が欠損している腫瘍では平均1782個、対するミスマッチ修復が正常に作用する腫瘍では平均73個の体細胞変異が見られた(P値=0.007)。体細胞変異が多いことは無増悪生存が長いことと関連があった(P値=0.02)。

Conclusions
This study showed that mismatch-repair status predicted clinical benefit of immune checkpoint blockade with pembrolizumab. (Funded by Johns Hopkins University and others; ClinicalTrials.gov number, NCT01876511.).

結論: 本研究により、ミスマッチ修復の状態によりペンブロリズマブによる免疫チェックポイント阻害剤の臨床的有用性を予測できることが示された。(ジョンズ・ホプキンス大学その他から研究助成を受けた。臨床試験登録番号NCT01876511)

仮説通りの美しい結果です。沢山の遺伝子に傷が入る→異常蛋白が発現する可能性が高くなる→免疫系に「非自己」と認識され排除されやすい。しっかし、Lynch synromeが原因でない普通の大腸癌に対しての免疫チェックポイント阻害薬の効果がイマイチのように思いますが、もともとこんな結果だったかな?(原文Fig1参照)もっと幅広い癌腫、幅広い遺伝背景の人に効果があるというイメージを持っていたので、ちょっと意外です。

私は病理医として沢山の消化管検体を鏡検する機会があり、若年者の腫瘍、多発性腫瘍、SSA/P(MSIによる前癌病変と言われている)、炎症の強いadenocarcinomaなどの「一般的な大腸癌とちょっと違うかな?」という病変に出くわす機会がままあります。単なる病理診断に留まらず、新たな視点をもって妄想たくましく仕事に取り組むことができそうです。

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