日時:2011年6月4日(土) 開演14:00
場所:名古屋能楽堂(か12,3000円)
【講演内容】
1. 解説 『葵上』の見どころ・聞きどころ
2. 狂言 叔母ヶ酒(和泉流)
3. 能 葵上(宝生流)梓之出
たまたま中京テレビ事業のダイレクトメールで今日の講演を知り,何気なく予約してみました.能を鑑賞するのは初めてでして,日本の伝統芸能に殆ど馴染みが無いのですが,源氏物語を題材にした演目なら少しは理解できるかなぁと思ったのと,お手ごろな値段でしたので,気付いたら購入ボタンを押していました(笑) 個人的な興味で行ってみようと決めたのですが,後輩の誕生日プレゼントも兼ねて行ってきました☆
日本の伝統芸能って,難しいですね(笑) 「能は言わばJapanese Operaですね」と,後輩が上手い表現をしてました.聴き取れなかった台詞も多々ありまして,最初にたっぷり解説をして頂いたのが幸いでした.もし解説なしで鑑賞していたら,衣装の意味や,細かい動作の意味や,舞の意味など,良く分からないままだったと思います(笑) 「葵上」は,能の中でも人気の高い演目だそうで,動きも多く,初心者に優しく,楽しめました♪
嬉しい事に,コメントを頂いたので,能「葵上」の内容について少し補足.
以下の様なお話ですよ~.
1. 病床の葵上を表す小袖が舞台正面前方に置かれる.葵上は物の怪に取り憑かれて病床に伏している.まず,照日の巫女が登場する.続いて廷臣が登場し,光源氏の正妻である葵上に物の怪がとりついたため,その正体を調べるために照る日の巫女に梓弓で占ってもらおうと告げる.
2. 照日の巫女は呪文を唱えながら梓弓の弦を鳴らし始める.「梓の囃子(はやし)」と呼ばれる特殊な演奏が始まる.照日の巫女が梓弓の弦を鳴らし呪文を唱えると,弓の音に引かれて,六条御息所の生霊が彷徨い出てくる. 六条御息所の生霊の姿は,照日の巫女にしか見えていないので,廷臣は巫女の説明から,葵上に取り憑いた怨霊の正体が六条御息所だと知る.
3. 六条御息所の生霊は名乗って正体を明かす.六条御息所の生霊は,車争いの屈辱や源氏の愛の失墜に涙し,次第に思いが昂じて後妻打に打ち据える.御息所は本音を告白し,憎い葵上を連れ去るような勢いで病床に迫り,そのまま車に乗って姿を消す.(中入りで面を付け変え,髪の毛を乱しておく)
4. 葵上があまりに重体なので,廷臣は従者を呼び,横川の小聖にお頼みするように言いつける.従者は急いで小聖を迎えに行く.横川の小聖は修験道の由緒正しい山伏姿に身なりを整え,加持祈祷を始める.それに引かれるようにして,六条御息所の怨霊が再び姿を現す.
5. 横川の小聖は密教で信仰する五大尊明王を呼び出して祈り続け(祈祷の文句は,実際に行われていた山伏祈祷の常套文句),数珠をかき鳴らし,抵抗する六条御息所と闘争する.太鼓が「祈り地」を打ち,それに合わせて笛・小鼓・大鼓・太鼓による勢いのよい激しい演奏が行われる.
6. 六条の御息所は,横川の小聖に抵抗するが,ついに調伏され,仏法の力に従う事になり,怨念に支配されていた悪心が消滅して,悟りの境地へと達した.
六条御息所の生霊が怨霊に変化するという演出が面白かったです.泥眼(でいがん)から般若(はんにゃ)の面に付け変え,羽織っていた上着を脱ぎ捨て,鱗(うろこ)の文様の衣服を露わにしました.ちなみに,私は「鱗の文様」と聞いて,青海波(せいがいは)の文様を思い浮かべてしまいました(笑) 青海波は青い海原の大きな波を表現する模様で,こいのぼりでお馴染みですね.

面についてちょっとトリビア.泥眼(でいがん)は,金泥が目に施されて,どこか人間離れしたものを象徴する面だそうです.心変わりした男への怨みの表情を見せ,金泥は涙のように光って見え,内に籠めた女性の思いを示すとかなんとか.泥眼は一重瞼になっているのが特徴で,泣き腫らした様子とも言われるそうです.般若(はんにゃ)は,女性の嫉妬・怨念・悲しみを1つの面に融合したものであり,2本の角を持ち,眉間をしかめて,頬を硬直した鬼女を表現した怨霊面だそうです鱗の文様は,能では鬼・鬼女・ヘビなどを表すそうです.

六条御息所の冒頭の詩句に「三つの車にのりの道」「夕顔の宿の敗れ車」「凡そ輪廻は車の如く」などというセリフがあるそうで,「車」という言葉を多用するのは,六条御息所の車争いに対する怨念の深さを象徴しているのだとか.何を隠しましょう,私は全然聞き取れませんでした(笑)
あらすじ等を知りたいなという方は,是非コメントしてください.反響が多かったら加筆してみますw
→加筆しました◎
参考文献: the能.com http://www.the-noh.com/jp/index.html