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美人軸で生きるためのブログ

 

 

 

運動会の4大変化 時代の変化とともに変わる教育の在り方

 

 

先日、子どもの運動会が開催されました。

 

が!!!その「運動会」そのものの

 

名前が変わったのです

 

 

○○小スポーツフェスティバル

へと!!!

 

 

今回わたした「スポーツフェスティバル」を

観させてもらって感じたことを

 

運動会に見られた4大変化


 

先日の土曜日に開催された

 

運動会

あらため

そもそもの名を

 

「スポーツフェスティバル」

 

へと変更されたことに相応しく

多くの変化を感じた今回。

 

運動会だった頃と

大幅に変わったことが

4つありました。

 

 

まずは

 

①紅組白組撤廃

 

この大きな変化がわたしは

スタート地点から感銘を受けました

 

今回より組に分かれて競うという

運動会あるあるが

キレイになくなっていました。

 

帽子はかぶるけど

「ただの目印」的な。

 

紅組と白組とで

 

対抗しあう

というスタンスが

キレイさっぱりとなくなり

 

クリーンでフラット

誰も誰とも競い合わない

というスタンスへと

変化していました

 

 

そもそも

紅組と白組に分ける

という在り方が

 

旧時代的考え方に基づいた

分離的思考、二極的思考をもとにしていて

 

2つにわけて

競い合わせる

ということをベースに社会の

資本主義的構造の上に成り立っていた

スタンスでした

 

 

これまでの時代って

善↔悪 男↔女 白か↔黒か 自分↔他者

正解↔不正解 と

何でも2元的でジャッジする傾向があった

 

それに終わりを告げているような

これが教育の中から消えつつある

ことを感じた今回

 

凄く開放感を感じました

 

 

②勝ち負け撤廃

 

スポーツフェスティバルでは

そもそも競ってないから

 

どっちが勝って

どっちが負けた

 

という

 

結果を出さない

 

当然ながら「勝ち負けが出ない」

 

 

以前の運動会の在り方も

上記でも記した通り

「2つに分けて、競い合わせる」

ことをベースにした

社会モデルを教育に反映したもの

 

 

勝つだの負けるだの

それをモチベーションとして

 

勝つ方が優勢であり

負ける方は劣勢である

という

刷り込みも教育から消えつつある

 

勝つという

結果をモチベーションとする在り方

への価値観が

 

今まさに変わろうとしている

 

 

 

③順位制度撤廃

 

運動会で盛り上がるのは

やっぱり

クラス対抗リレー

ですよね

 

今回のスポーツフェスティバルでも

リレーはありました

 

でも「対抗リレー」という名ではなく

 

ただの「リレー」

 

そう

自分から友達へ

バトンを渡して

繋いでいく

 

走って繋いでいく

前者の想いを後者へ繋いでいく

 

という

 

リレーの本来の

本質的な在り方が

 

ココに戻ってきている!!♡

と感激しました!

 

やはり、リレーとなれば白熱はします

「頑張れ!がんばれ!」って

 

でも、その後にね

以前なら順位を示す数字の書いた旗

 

 

あれを持たせなかったんです

 

そして、

「○組は勝ったので万歳しましょう!」

とかもないのです。

 

 

ただ純粋にピュアに

持てる力をいっぱいに

一生懸命走ってバトンをつないだ

 

ただそれだけ!!!

 

ただそれだけでいいのだ!

それだけで人は喜びいっぱいに

なれるのだ

 

④点数制度撤廃

そして最後に

点数制度撤廃

 

 

出来高

結果

 

をなんでもかんでも

数値化したがってきた時代

 

数字にして

「評価」にしてきた

「点数」にしてきた

 

まるでその点数の値が

 

「あなた自身の価値です」とでも

言われるかの如く

 

 

そんな

 

結果を点数にして

 

一喜一憂する

 

結果に重きを置いて

評価に重きを置く

数字ではかる

 

という在り方を撤廃した

今回のスポーツフェスティバルは

 

覆されていた

 

 

まさに

 

 

純粋な

 

スポーツの祭り

 

だった!!!

 


純粋な歓びを取り戻す


 

スポーツフェスティバル

「スポーツの祭典」

 

祭り

 

 

祭りは、そもそも

競ったり、争ったり、戦ったり

するためのものじゃない

 

みんなが心を通わせ

互いを讃え合い、喜び合い

楽しむだけで完成する

 

人って本来そういうものなのでは

ないだろうか?

 

image

 

そこに

評価も勝ち負けも結果も点数も

いらない

 

 

子どもたちの表情は

私から見ていて

 

ただ純粋に

 

身体を持ってこの世に生まれ

自分という存在を身体を通して

体験し、経験し

 

ただ純粋に

 

心を合わせ

身体を通して表現する

その瞬間瞬間を楽しみ

 

そうである他者のことも

お互いに讃え合い

 

純粋に喜び合う

 

人って本来そういうものなのでは

ないだろうか?(2回目w)

 

「勝ちだの負けだの」

のどちらかを味わう運動会の

あの後味の悪さが残らない

 

純粋に子どもたちが

イキイキとニコニコと

楽しんでいる様子

あの笑顔、あの背中

これ以上に

 

他に何を求めるものがあるのか?

 

勝ち負けも点数も

結果も伴わない

後味の悪さが一切残らない

ただ純粋な歓びだけが残る

この清々しさを覚える感覚

 

 

本当はそれだけで

わたしたちは

 

いいのではないだろうか?

 

 

わたしたちはこれまで

常に

 

 

「結果を出す」

ことをあまりにも

求められすぎて

 

本当の喜び

置き去りにしてきた節がある

 

あるいは

「結果こそ喜び」

といつの間にか

思い込んでしまってきて部分もある

 

結果は必要なのだろうか?

結果こそが歓びなのだろうか?

 

本当に?それが

人としての本物の、本質的な

喜びなのだろうか?

 

ということを

 

まさに大人も問われているかのような

そんなスポーツフェスティバルでした

 

 

喜びとは結果という外側の尺度に

置く物ではなく

 

自分の中にあり

自分の中に感じるものではないだろうか?

 

と大人も改めて考えさせられる

そんな素晴らしい「祭り」に

なったのではないかと思いました。

 

 

 

「結果を出す」ことを

全てのモチベーションとしてきた

在り方は

 

 

「結果を出さない」

(結果に基軸を置かない)在り方

へと

 

変化を促されているのかもしれない

 

 

 

 

 

クリスタル塾


 



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