33.⑥

「お父さん、お父さんごめんなさい、お父さんごめんなさいっ…あっ…ぁっ…お父さん…ごめんなさい」

私は叫んでいた…声に出てたか分からない…どのくらいの大きさかも分からないけど

喉が熱かった…喉が焼けるように暑くて頭がクラクラしてて、大声を出したくても出せなくて…


「美乃里は言わないと思ったのになぁ?

だからいつも言ってただろ?

刺されるか、脱ぐかどっちがいいんだ?って…

ハッハッハっククッ」


「やめてください、あなた…

あなた…美乃里だけは、美乃里だけはやめてください

お願いします

美乃里の手を離してください」


「ああ…離すよ

美乃里がみんなを殺した後にな」

笑い声が響く

私の頭にガンッガンッと何度も響く


「お母さん、逃げて…おかあ…さん逃げて

お願い逃げて」

きっと私は涙と血と汗でぐしゃぐしゃの顔だった

自分でもどんのくらいの声が出てるか分からないけど

必死で叫んだ

「お母さん逃げて」って…


お母さんは立ち上がってヨロヨロと窓まで行くと

窓を開けて

「誰か助けてー助けてください」

と大声…悲鳴のような叫び声で叫んでいた


私はお母さんが開けた窓の外の土砂降りの雨を見ていた

操り人形のように自分の体が、手が動いて

窓の外に向かって叫ぶお母さんの背中を刺した


昴の血の上にお母さんの血がつく

もうその時には分からなかった…何が起きたのか…

涙も怒りもなんの感情もなくて

ただ、ただ…この血の海になった地獄絵図を見ていた

そして男の笑い声だけが響いていて


どのくらいの時間が経ったかも分からない

お母さんが開けた窓から雨が入ってきて

その土砂降りの雨の奥からサイレンの音が少しづつ聞こえてきて


私の手は包丁を持ったまま固まっていた

上から力強く握られた手が離されて

今度は力強く抱きしめられた

そう、私は包丁を持った手のままで…

ドスッという衝撃と一緒に私を抱きしめた男の力はだんだんと弱くなり下に滑り落ちて

私も一緒に倒れ込んだ

私の手から無くなった包丁は

男のお腹に突き刺さったままだった


サイレンの音は目の前だ…

誰か、誰か助けてください

お母さんを昴を…お願いだから…誰か早く、助けて

もう声は出なかった…喉が焼けるように痛くて

私はゆっくりと玄関へ向かった


土砂降りの雨の中、赤く光るパトカーのランプが目の前に見えた

警察官が車から降りてきて何かを叫んでる

「誰かいますかー?おーい、誰かいますかー?」

(ああ、お母さんの声で誰かが通報したのかな…)


「誰かっ…」

血まみれの私を見つけた警察官は私の元へ走ってきた

「大丈夫か?痛いとこあるか?」

私の血だらけの服や手を見て心配する警察官

私は部屋の玄関を見つめた

それからの記憶は曖昧だ…

「応援頼む…」

と警察官が言っているのが聞こえて

数分後には何台ものパトカーが家の周りを囲んでた


私はただただずぶ濡れになりながら

パトカーの灯りを眺めてた


何人もの警察官たちが…近所の家々から…

みんな私を白い目で見ていた

そんな中1人の警察官が傘を持って私の目の前にきて

頭を撫でた


暖かかった…

その人の瞳は揺れていた


それからは警察署に連れて行かれて目の前で警察の人が何度も同じ質問を繰り返していたけど

私は話さなかった…話せなかった…

きっと誰も助けてくれないから

おじいちゃんとおばあちゃんも私を気遣いながら傍にいてくれた


私が話さなくても何となくの状況を仮説してくる警察官

それはお母さんが残した動画のおかげだった

あの時、救急車を呼ぼうとして阻止された時

お母さんは動画のボタンを押していた

ずっと天井を写したままの映像で声だけが聞こえてくる


そんな動画を何度も流されて

真実を問われて

私の心はどん底よりももっと下に沈んでしまって

何もかも閉ざした方が楽だった


私が家族を壊した、私が家族を殺したんだ