28.①

節子 「美乃里ちゃん、少し飲まない?」

優しく微笑む節子

美乃里 「お言葉に甘えて…」

濡れた髪を拭きながらお風呂から出てきた美乃里は節子に渡された缶ビールを空ける


美乃里 「いただきます」

節子 「はぁーっ美味しい

今日が素敵な1日過ぎてお酒がとても美味しいわ」


美乃里 「私もとても美味しいです」

2人は微笑み合い、椅子に腰掛けた


節子 「美乃里ちゃん、私の話し聞いてくれるかしら?」


美乃里 「もちろんです」

美乃里はピンッと背筋を伸ばし節子の話しを聞く


節子 「昔ね、結婚を考えてた彼がいたの

その彼は仕事が忙しい方で週に1.2回しかいつも会えなくて…

私はいつも彼に会いたかった

普通のカップルみたいにデートも沢山したかったんだけど会うのはいつも夜中や、日中に会えても外に出掛けるのは嫌がってね、そんな交際が3年くらい続いて…

その彼との間に子どもが出来てね、私は嬉しくて

すぐに報告したわ

子どもが出来たから結婚出来るんだって1人で舞い上がっていたの…今思えば不思議な交際だった…

好き過ぎて、何も見えてなかったわ

妊娠が分かって直ぐに報告したの…そしたら彼がね

俺の子じゃないだろって言い張るの

こんなに貴方を好きでこんなにいつも想っているのに…って悲しかったわ、あの時は…

それで少し言い合いになったの、そしたら彼ね私のお腹を殴ってきたの…私は怖くて、理由が分からなくてその場から動けなかったわ…

その日、彼はそのまま帰ってしまってね

次の日の夜にまた会いに来て、バカな私は浮かれてた

昨日はごめんな、なんて言うもんだから…

その日、彼と身体を重ねてたら急に頭がクラクラしだして…私は眠ってしまったの

多分、睡眠薬を飲まされてしまって

起きたらお腹が凄く痛くて…お腹は…痣だらけだったわ

テーブルの上には置き手紙と封筒が置いてあって

“僕には大事な妻子がいます

君とは一緒になれない

もう会わないし、僕の事も忘れてくれ

僕の大事な家族を壊したら許さない”

って書かれていて、封筒には50万円入っていたわ

慰謝料のつもりだったのかしらね…

もう、驚きすぎて言葉も出なかったわ…妻子持ちだとも知らずに3年もいたなんてね…

ただ、ただ…どん底の縁に立たされて…

その日の記憶はあまりないけど、お腹の痛みと出血があって

怖くなって病院に行ったら赤ちゃんは…

いなくなっていたの…悲しくて悲しくて何度もお腹を撫でながら謝ったわ

産婦人科の人は何となく気付いていて

被害届だす?って聞かれたけど私は出さなかったの

もう、どうにでもなれって思ってた

その日は産婦人科で治療を受けて次の日には退院して自宅に戻ったの

その時の事は凄く覚えていて…

自宅の外に引越しのトラックが止まってて

私の隣の部屋に男性が引っ越してきたの

まあ、ワンルームマンションで独り身の人達ばかりだから引越しの挨拶なんてする人もいなくて…

なのに彼は丁寧にご挨拶の品を持って私のところに来て

隣りに越してきた柏木裕也(かしわぎ ゆうや)です

宜しくお願いします

ってキラキラした顔で野球少年みたいで

それにフルネームで自己紹介してきたから思わず笑っちゃったわ」

その時のことを思い浮かべクスクスと笑う節子


美乃里 「かしわぎって…もしかして」

驚いた表情を見せる美乃里


節子 「そう、今の主人との出会いよ」

ニッコリ嬉しそうに笑みを浮かべる

美乃里 「凄い出会いですね」


節子 「そうね、後々考えるとその時、主人に会えてなかったら私は生きて無かったかもしれないわ…

あの人ね、引越しの挨拶をして1時間後くらいに息をきらせながら訪ねてきて

手には大きな袋と、これって差し出した手には大きい保冷剤があってね…もう私の頭の中は、はてなマークでいっぱいだったわ

会ったばかりなのにすみません、目が腫れてる気がして…これで冷やしてください

あと、顔色が悪そうだったので良ければこれ

って持っていた袋を押し付けて、では失礼しますって早々に帰って行って…本当、面白い人だわって

袋には風邪薬やゼリー、お菓子やレトルト食品も入っていて…

美味しく頂いた後に、お礼のお手紙と1万円を入れて渡しに行ったら、しばらくしてまたドタバタと訪ねてきて

受け取れませんってお金だけ返しにきたの

僕が勝手にした事なので気にしないでくださいって

それから彼は毎日チャイムを鳴らしては私の体調を伺ってきてね…

普通怖いじゃない?男性が毎日…って

それがあの人、なんか真面目なのが見え見えで真っ直ぐ過ぎて恐怖は全くなかったのよね…

インターホンを鳴らして来て返事をするじゃない?

そしたら、隣りの柏木ですこのままでいいですって言って体調どうですか?って聞いてくるの

インターホン越しで会話するのよ?面白いでしょ?」

うふふと笑う節子は少女のような顔つきだった


美乃里 「素敵ですね」

美乃里も微笑む

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