こんにちは。

心とお金のカウンセラー 渡辺江里子です。

 

 

最近、インスタのストーリーで

「共依存」についての気づきを少しずつ発信してきました。

 (読んでくださった皆様ありがとうございます!)

 

 

書いているうちに、はっきりと分かってきたことがあります。

 

 

それは、共依存は「やさしさ」や「思いやり」から生まれたものではなく、
恐怖をベースにした関係性の構造だった、ということです。

 

 

今日は、
・共依存の世界で何が起きていたのか
・なぜ抜けようとすると怖くなるのか
・そこからどう関係性とあり方が変わっていったのか
を、私自身の体験を通して書いてみたいと思います♪

 

 

「なぜこんなに疲れるんだろう」
「ちゃんとやっているはずなのに、報われない」
...そんな感覚を抱えたまま、人間関係に苦しさを感じている方へ。

 

 

「こうすればうまくいく」という答えではなく、

自分を見つめ直す小さなヒントになれば幸いです。

 

 

共依存の世界は「やさしさ」でできていたわけじゃなかった

 

共依存の関係にいた頃、私はずっとこう思っていました。

 

 

「やさしくしなきゃ」
「私が支えなきゃ」
「私がやらなきゃ回らない」

 

 

でも今振り返ると、
その根っこにあったのはやさしさではなく、
見捨てられることへの恐怖でした。

 

 

・役に立たなくなったら居場所がなくなる
・断ったら関係が壊れる
・私がいなければこの人は立てない

 

 

そんな思い込みの中で、
私はずっと「役割」を引き受け続けていました。

 

 

役割しか許されない場所で、人とつながろうとしていた

 

本当は、
ただ人としてつながりをもちたかっただけ。

 

 

それなのに、

役割を果たしている間だけ、そこにいられる。

 

 

役に立っている間だけ、必要とされる。

 

 

だから、
役割をしない自分になることが、
とても怖かったのだと思います。

 

 

役に立たなければ、
何者でもなくなる気がして。。

 

 

搾取は「悪意」ではなく「構造」だった

 

もうひとつ、大きな気づきがありました。

 

 

それは、誰かを支配・コントロールしている人の多くが、
意図的に悪いことをしているわけではない、ということです。

 

 

その人自身も、
長年、我慢してきた。
引き受けてきた。
苦しい気持ちを飲み込んできた。

 

 

だから、
「誰かが代わりにやってくれる」ことを
当たり前として学習してしまっている。

 

 

ここで大切なのは、
誰が悪いかではなく、
今ここで何が起きているかを観察することでした。

 

 

いちばん苦しくなるのは「まじめに役割を果たしてきた人」

 

 

役割でつながる世界では、

与える人は、与え続け
受け取る人は、受け取り続け

その歪みが、いつの間にか当たり前になっていきます。

 

 

そして、最も消耗するのは、

「ちゃんとやろう」
「相手の期待に応えよう」

と、自らを犠牲にして役割を果たしてきた人でした。

 

 

役割を降りることは、人を見捨てることじゃない

 

「役割を降りる」

 

それは、人を見捨てることでも、
冷たくなることでもありません。

 

 

それは、
搾取と犠牲の連鎖を終わらせる選択です。

 

 

相手の人生を背負わず、
相手が立つ力を信じて、
自分の場所に戻る。

 

 

 

 

ここで大切なことがあります。

 

私自身は、不安や恐怖がなくなってから
共依存の世界を離れたのではありません。

 

 

恐怖に気づいてしまったから
もうそこに戻れなくなった。

それだけでした。

 

 

今はまだ、新しい関係性の途中にいます。

 

 

役割をしない自分でも、つながれる関係。

恐怖ではなく、安心をベースにした関係。

 

 

それを、これから少しずつ
学び直していこうと思っています。

 

 

共依存を抜けた先に待っていたもの

 

共依存を抜けると、
人とのつながりがなくなるのではないかと
怖くなるかもしれません。

 

 

でも実際には、
つながりの質が変わっていきました。

 

 

・頑張らなくても一緒にいられる人が現れる
・説明しすぎなくても通じる会話が増える
・沈黙が気まずくなくなる
・「役に立っていない私」でも安心していられる

 

 

関係性の中で、
自分の体が緩んでいることに
気づく瞬間が増えていきます。

 

 

役割ではなく、人として関われる世界

 

安心がベースの世界では、

与える/奪われる
支える/支えられる

という二択ではなく、
共に並んで立つ感覚が育っていきます。

 

 

誰かの人生を背負わなくても、
誰かに背負ってもらわなくてもいい。

 

 

それぞれが自分の足で立ちながら、
必要なときに、必要な分だけ手を差しのべる。

 

 

そんな関係が、存在していました。

 

 

もし今、境界線を引くことが怖いなら

 

境界線を引くことは、
冷たくなることではありません。

 

 

それは、自分(相手)を大切に扱うという静かな宣言です。

 

 

共依存を抜けた先には、

・消耗しないつながり
・恐怖で動かなくていい日常
・役割ではない自分で生きる感覚

そんな静かな安心が待っています☺️

 

 

急がなくて大丈夫。
一気に変わらなくていい。

 

 

気づいたところから、
戻らない選択を重ねていけばいいのだと、
今は思っています。

 

 

人間関係以外にも存在する共依存

 

共依存というと、
親子関係やパートナーシップなど
 

「人と人との関係」に限定して語られることが多いかもしれません。

 

 

でも、私が気づいたのは、
共依存はもっと広い範囲に存在するということでした。

 

 

たとえば、

・「この職場だから仕方ない」
・「この業界ではこれが当たり前」
・「役割だから、立場だから」
・「家系的に、うちはこうだから」

 

 

こうした言葉の奥にも、
本来の自分を抑えてでも関係を保とうとする力みが潜んでいる気がします。

 

 

相手が人ではなくても、
社会、職場、組織、環境、
そして先祖から続く価値観や因縁との間にも、
共依存は生まれます。

 

 

そこではいつの間にか、

「自分はどう感じているのか」
「本当はどう生きたいのか」

という問いが置き去りにされ、
“適応すること”が生きることになっていきます。

 

 

共依存を抜けるとは、
誰かと縁を切ることでも、
社会から離脱することでもありません。

 

 

「自分を失わずに関わる」という
新しい関係性を取り戻すこと。

 

 

それは、人との関係性だけでなく、
世界との関わり方そのものを
静かに、確実に変えていきます。

 

 

共依存で悩んでいる方も、
人間関係に行き詰まりを感じている方も、

 


抜けた先には、
もっと静かで、自由で、
自分に戻れる世界があるということを
どこかで思い出してもらえたら嬉しいです☺️

 

 

ここまでお読みいただきありがとうございました🍀